あなたは今、どんな気持ちでこの記事を読んでいますか?
「自分の気持ちがわからないことについて何か分かるかもしれない」という期待でしょうか。
それとも「アレキシサイミアって何だろう」という好奇心でしょうか。
この問いにすぐ答えられなかったとしても、心配はいりません。
自分の感情を言葉にするのは、思っている以上に難しいことだからです。
この記事では、感情に気づきにくい状態である失感情症(アレキシサイミア)について、定義・原因・セルフチェック・似た概念との違い・改善方法・周囲の関わり方まで、研究をもとに網羅的に解説します。
失感情症(アレキシサイミア)とは?
「失感情症(アレキシサイミア)」とは、一言で言うと、自分の感情に気づき、それを言葉にすることが難しい状態のことです。
アレキシサイミア(alexithymia)は、1970年代初頭に、アメリカの精神科医・精神分析家であるピーター・E・シフネオス(Peter E. Sifneos)によって名づけられました。
もともとは心身症の発症要因の1つとして注目された概念です。
語源はギリシャ語で、「a(非)」「lexis(言葉)」「thymos(感情)」を組み合わせたものです。
直訳すると「感情に言葉がない」となります。
「感情がない」わけではない
日本語では「失感情症」と訳されますが、この訳語は少し誤解を招きます。
感情そのものが失われているわけではありません。
失われているのは、感情に気づく力と、それを言葉にする力です。
体はきちんと反応しています。
動悸がする、喉がつまる、胃が重い、肩に力が入る。
ただ、それが不安なのか、怒りなのか、悲しみなのかというラベルが貼れないのです。
たとえるなら、スマホの通知音は鳴るのに、画面には何の通知かが表示されない状態に似ています。
何かが起きたことはわかる。でも中身がわからない。
だから対処のしようがありません。
身体の傷であれば、血が出れば気づき、消毒したり絆創膏を貼ったりできます。
しかし、感情に気づけないと、心が傷ついていること自体に気づけないまま、ダメージを受け続けることになります。
失感情症は病名ではなく「傾向」
ここは押さえておきたい重要な点です。
失感情症は、独立した精神疾患の診断名ではありません。
パーソナリティ特性、あるいは状態像として捉えられるものです。
そのため「失感情症と診断されました」という言い方は、正確ではありません。
うつ病、不安症、摂食障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、自閉スペクトラム症などに併存しやすい特徴として語られることがほとんどです。
誰もが多かれ少なかれ持っている傾向で、その強さがグラデーションになっている、と考えるとイメージしやすいでしょう。
どのくらいの人が該当するの?
一般の人口では、およそ10%と推定されています。
フィンランドの調査では13%、ドイツの調査では10%といった数字が報告されており、研究によって9〜13%程度に収まることが多いようです。
男性のほうがやや高い傾向があり、フィンランドの調査では男性17%、女性10%という差が出ています。
| 集団 | 失感情症の傾向を示す人の割合 |
| 一般人口 | およそ10%(研究により9〜13%) |
| 男性/女性 | 男性のほうが高い傾向(例:17%/10%) |
| 受刑者集団 | 30%超という報告 |
失感情症を測る尺度「TAS-20」の3つの側面
研究で最も広く使われているのが、TAS-20(トロント・アレキシサイミア尺度)という20項目の質問紙です。
TAS-20は、失感情症を次の3つの下位尺度に分けて測ります。
この3分割は、自分の傾向を理解するうえでも役に立ちます。
| 下位尺度 | 内容 |
| 感情の同定困難 | 自分がいま何を感じているのかを見分けられない。感情と身体感覚の区別がつきにくい。 |
| 感情の伝達困難 | 感じていることを人に説明できない。言葉にしようとすると詰まる。 |
| 外的志向 | 内面よりも外の出来事に注意が向く。事実は語れるが気持ちは語らない。 |
たとえば「昨日どうだった?」と聞かれて、「会議が2件あって、資料を3本作りました」と出来事だけを答えてしまう人。
これが3つ目の外的志向の例です。
失感情症の特徴とは?セルフチェック12項目
自分に当てはまるかどうかを考える手がかりとして、代表的な特徴を12項目にまとめました。
TAS-20の3つの側面に対応させています。
感情の同定困難に関するサイン
- 「今どんな気分?」と聞かれると、答えに困って黙ってしまう
- イライラ、モヤモヤ、しんどい、以外の言葉で気分を説明しにくい
- 動悸や胃の痛みが出るが、それが何の感情によるものかわからない
- 後になってから「あのとき自分は怒っていたのか」と気づくことがある
感情の伝達困難に関するサイン
- 人に悩みを話そうとすると、何を話せばいいかわからなくなる
- 「大丈夫?」と聞かれると、反射的に「大丈夫」と答えてしまう
- 感情を表に出すことは、みっともないことだと感じる
- 涙が出ている理由が自分でも説明できないことがある
外的志向に関するサイン
- 会話は事実や情報が中心で、気持ちの話にはあまりならない
- 空想したり、想像をふくらませたりすることが少ない
- 映画や小説で登場人物の気持ちに入り込むのが苦手
- 問題が起きたとき、まず解決策を考え、感情は後回しにする
この12項目について
これは診断ツールではなく、あくまで自己理解のきっかけです。
正式な測定にはTAS-20などの標準化された尺度が用いられ、専門家による解釈が必要になります。
当てはまる数が多くても、それ自体が病気を意味するわけではありません。
ただし、身体の不調が続いていたり、生活に支障が出ていたりする場合は、医療機関や相談窓口に相談することをおすすめします。
なぜ感情がわからなくなるのか?失感情症の5つの原因
失感情症の正確な原因は、まだ完全には解明されていません。
ただし、複数の要因が絡み合って生じると考えられています。
ここでは5つに整理します。
1. 神経学的な要因
脳の損傷や病気、とくに前頭葉や扁桃体といった感情処理に関わる領域のダメージが、失感情症につながる可能性が指摘されています。
また、感情処理に関わる右脳の機能や、左右の脳をつなぐ情報のやりとりに注目する見方もあります。
感じる部分と言葉にする部分の連携がうまくいかない、というイメージです。
2. 内受容感覚の統合の弱さ
これは近年とくに注目されている視点です。
内受容感覚(ないじゅようかんかく)とは、心臓の鼓動、呼吸、胃腸の動き、体の緊張といった、体の内側から届く感覚のことです。
感情は、この体の内側の信号に意味づけがされて初めて成立すると考えられています。
胸がざわつく、という信号に「不安」という意味が与えられて、はじめて不安という体験になるわけです。
研究では、失感情症の傾向が高い人ほど、体のさまざまな部位からの情報を統合する脳のネットワークの結びつきが弱いことが示されています。
つまり、信号は届いているのに、それをまとめて意味づける工程が弱い。だから感情として体験されにくい、という説明です。
この見方に立つと、後述するマインドフルネスが有効だとされる理由が理解しやすくなります。
3. 精神的な要因(他の疾患との併存)
失感情症は、さまざまな精神疾患に併存しやすいことが知られています。
- うつ病
- 不安症
- 摂食障害
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)
- 自閉スペクトラム症(ASD)
どちらが原因でどちらが結果か、という関係は単純ではありません。
感情に気づけないことがうつを深めることもあれば、うつ状態のせいで感情が平板になることもあります。
4. 発達的な要因
子どものころに、感情を認識し表現することを学ぶ機会が十分でなかった場合も、失感情症につながると考えられています。
私たちは、感情の名前を自然に覚えるわけではありません。
転んで泣いている子に、大人が「痛かったね」「びっくりしたね」と言葉を添える。
この積み重ねによって、感情と言葉が結びついていきます。
感情を表に出すことを許されない環境、気持ちを言葉にしても取り合ってもらえない環境で育つと、この結びつきが育ちにくくなります。
5. 遺伝的な要因
遺伝的な要素の関与も指摘されています。ただし、遺伝だけで決まるものではありません。
実際には、これら5つの要因が個人ごとに異なる組み合わせで作用していると考えられます。
そもそも、なぜ人には感情があるの?
失感情症を理解するには、そもそも感情が何のためにあるのかを知っておくと役に立ちます。
結論から言うと、感情は生存と繁殖のために進化的に選択されてきた機能です。
感情には少なくとも4つの役割があります。
裏を返せば、感情に気づけないとき、この4つの機能が同時に働きにくくなるということです。
1. 生存のため
恐怖や不安は、身体的な脅威に対する警戒と防御反応を引き起こします。
危機的な状況で、戦うか逃げるかを選ぶ「闘争・逃走反応(fight-or-flight response)」がその代表です。
近年はここに「すくむ(freeze)」が加わり、3Fと呼ばれることもあります。
2. 社会的な相互作用の促進
喜びや愛情は、他者とのつながりや共感を生み、社会的な結束を強めます。
感情の表現と共有は、コミュニケーションと絆の土台です。
感情を言葉にできないと、この土台が築きにくくなります。
後で述べる孤独の問題は、ここから始まります。
3. 意思決定と行動の調整
感情は情報処理に影響を与え、どの行動を選ぶか、どちらの方向に進むかを決める手がかりになります。
「なんとなく嫌な感じがする」という信号を拾えないと、危険な選択を止められません。
逆に「これは楽しい」を拾えないと、自分が何を望んでいるのかがわからなくなります。
4. 学習と記憶の補助
感情を伴う体験は、記憶として定着しやすくなります。
すごく嬉しかったこと、ひどく悲しかったことを鮮明に覚えているのはこのためです。
感情のラベルが薄いと、経験が経験として蓄積されにくくなります。
同じ失敗を繰り返しやすくなるのは、この機能が弱まっているせいかもしれません。
失感情症だと何が起きるのか?心と体への3つの影響
感情に気づけないことは、それ自体が苦しいというより、二次的な問題を引き起こす点で厄介です。
代表的な3つを見ていきます。
影響1:心身症 — 感情が身体症状として出る
失感情症がもともと注目されたのは、心身症との関連からでした。
心身症とは、精神的ストレスによって身体症状が現れる病気の総称です。
代表的なものには次のような疾患があります。
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍
- 本態性高血圧
- 偏頭痛
- 慢性関節リウマチ
- 過敏性腸症候群
- 気管支喘息
感情を言語化できないと、積もり積もった強い情動が行き場を失い、身体症状として表れやすくなると考えられています。
「ストレスは自覚していないのに、なぜか胃が痛い」という状態は、まさにこのパターンです。
影響2:過剰適応 — 自分を抑えて周りに合わせすぎる
近年注目されているのが、過剰適応(over adaptation)との関連です。
過剰適応とは、環境からの要求や期待に完全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも外的な期待や要求に応える努力を行うこと、と定義されています(石津, 2006)。
平たく言えば、自分がやりたいことを抑えて、会社・友人・家族といった周囲の期待に応え続けている状態です。
中島(2020)は、大学生の過剰適応とアレキシサイミア傾向の関係を調査しました。
その結果、アレキシサイミア傾向が高い人ほど、自己抑制や自己不全感が強く、他者の期待に沿おうと努力する傾向が強く、人からよく思われたい欲求が高いことが示されました。
過剰適応の研究は青年期を中心に行われてきており、いわゆる「よい子」が過剰適応になりやすいと言われます。
周りの期待に応える努力を重ねるうちに、自分が何をしたいのか、何を求めているのかが少しずつ見えなくなっていく。
そういう経路が想像できます。
影響3:攻撃性 — 言葉にならない感情が行動として出る
そしてもう1つ、比較的新しく注目されているのが攻撃性との関係です。
感情に言葉がないと、内側で処理しきれなかったものが、行動として外に出る。
この経路を実証したのが、2026年に発表された研究です。
次の章で詳しく見ていきます。

【最新研究】感情に言葉がないと攻撃的になる?
結論から言うと、感情を言語化できないことは、孤独と不安という2つの中継地点を経由して攻撃行動に変わります。
2026年、学術誌『Deviant Behavior』に発表された研究が、この道筋を実際のデータで描き出しました。
研究の概要
研究を行ったのは、中国人民公安大学のHejia Yu氏とMeng Zhang氏です。
中国のある省の刑務所で、男性受刑者415人(平均年齢およそ38歳)に質問紙調査を実施しました。
測定したのは、感情を識別する能力、孤独感、日常的な不安、そして身体的攻撃・暴言・敵意の傾向です。年齢と身体的健康の影響は統計的に取り除かれています。
背景にあるのは、刑務所という集団では失感情症の傾向を示す人が30%を超えるという報告です。
一般人口の約10%と比べると、およそ3倍にあたります。
その結果、3つの異なる経路が浮かび上がりました。
経路1:孤独ルート
感情の読み取りが苦手だと、相手の表情や声のトーンから気持ちを推し量ることも難しくなります。
結果として関係が築けず、こじれても修復できなくて、少しずつ孤立していきます。
研究者はこの状態を「社会的な飢餓」と表現しました。
刑務所という閉じた空間では、逃げ場がありません。
そして人は、無視され続けるくらいなら、殴ってでも反応が返ってくるほうがマシだと感じることがあります。
トラブルを起こすこと自体が、他者との接触を強引につくり出す手段になってしまうのです。
経路2:不安ルート(最も強い)
3つのなかで最も強く攻撃行動を予測したのが、この不安ルートでした。
恐怖と怒りを取り違える。緊張と興奮の区別がつかない。
こうした感情の混乱が続くと、内側の緊張が下がらないまま慢性化します。
これが過覚醒(かかくせい=警戒スイッチが入りっぱなしの状態)です。
過覚醒になると注意の幅が狭まり、脅威を探すモードに入ります。
すると、看守や他の受刑者の中立的な言動 — たまたま目が合った、順番を抜かされた気がした — が、攻撃として誤読されます。
そして「やられる前にやる」という報復が起きる。
これが2つ目の道筋です。
経路3:連鎖ルート(emotional cascade)
3つ目は、経路1と経路2がつながる道です。
研究者はこれを感情のカスケード(連鎖)と呼びました。
まず孤独が静かに積もります。
心理学では、孤独は低覚醒の感情に分類されます。ゆっくり、目立たずに溜まっていくタイプです。
やがてそれが不安に転化します。不安は高覚醒の感情です。
急に燃え上がり、意識を占領します。
低覚醒から高覚醒への移行は、行き場のないエネルギーを生みます。
刑務所には健全な発散手段がありません。
だから、その高まりが自制の閾値を超えたとき、暴力として噴き出す。
研究者はこれを心理的な圧力鍋にたとえています。
| 経路 | 内容 |
| 1. 孤独ルート | 感情が読めない → 関係が築けない → 孤立 → 接触を求めて攻撃 |
| 2. 不安ルート(最強) | 感情の混乱 → 慢性的な過覚醒 → 中立的な言動を攻撃と誤読 → 報復 |
| 3. 連鎖ルート | 孤独(低覚醒)がくすぶる → 不安(高覚醒)に転化 → 自制の閾値を超えて爆発 |

この研究の限界 — どこまで言えて、どこから言えないのか
結論を強く読みすぎないために、限界も押さえておきます。著者ら自身が挙げている点です。
- 横断研究である:一時点の調査であり、孤独が不安を生むという順番は統計モデル上の想定です。因果関係の証明ではありません。
- 対象が偏っている:単一施設の男性受刑者のみ。女性や別のタイプの施設に当てはまるかは未検証です。
- 自己申告データ:すべて本人の回答によるもので、回答疲れや主観のバイアスの影響を受けます。
今後は長期の追跡調査や、心拍・皮膚電気反応といった生理指標との組み合わせが必要だとされています。
職場や家庭にどう応用できるか
この研究は刑務所が舞台ですが、示していることはもっと一般的です。
介入の標的を1つ手前にずらす。つまり、怒りそのものを抑えようとするのではなく、その手前にある「感情に言葉がない状態」と「孤立」に手を打つ、ということです。
職場で急に不機嫌になる人、家庭で些細なことで爆発する人。その人は怒っているのではなく、自分のなかで何が起きているかわからないまま、出口を探しているのかもしれません。
もちろん、それは攻撃を正当化しません。ただ、対処法は変わります。
失感情症と混同されやすい概念との違い
検索していると、似た言葉がいくつも出てきます。
整理しておきましょう。
失感情症と自閉スペクトラム症(ASD)の違い
この2つは重なりやすい一方で、同じものではありません。
ASDは、コミュニケーションや社会性、こだわりの強さなどを特徴とする発達特性です。診断名として存在します。
一方、失感情症は診断名ではなく傾向です。
ASDの人に失感情症の傾向が併存しやすい理由としては、
- 感覚過敏でストレスを感じやすいこと
- 感覚鈍麻によって身体の不調を自覚しにくいこと
- 自分の状態を客観的に眺めること
が難しいことなどが指摘されています。
重要なのは、ASDだから必ず失感情症というわけではなく、失感情症だからASDというわけでもない、という点です。
失感情症とHSPの違い
HSP(Highly Sensitive Person)は、刺激に対する感受性が高い人を指す概念です。
一見すると失感情症の正反対に見えます。
ただし、実際には両立し得るものです。
刺激を強く受け取るのに、それを言葉にできない。
この組み合わせは、むしろ苦しさが大きくなります。
「感じすぎているのに、何を感じているかわからない」という状態です。
感じる量の話(HSP)と、意味づけて言葉にする力の話(失感情症)は、別の軸だと考えるとすっきりします。
失感情症とうつ病・感情鈍麻の違い
うつ病では、感情の平板化や喜びを感じにくくなる状態(アンヘドニア)が生じます。
これは失感情症と似て見えます。
違いは、時間経過です。
うつ病による感情の平板化は、うつ状態の改善とともに戻ることが多い一方、失感情症は比較的安定した傾向として続きます。
ただし両者は併存しやすく、実際の場面では区別が難しいこともあります。
ここは専門家の判断が必要な領域です。
| 失感情症 | 似た概念との関係 | |
| 位置づけ | 診断名ではない傾向・特性 | ASD・うつ病は診断名 |
| ASDとの関係 | 併存しやすい | 重なるが同一ではない |
| HSPとの関係 | 別の軸。両立しうる | 感じる量と言語化の力は別 |
| うつ病との関係 | 併存しやすい | うつの平板化は回復とともに戻りやすい |
失感情症は改善できる?5つのアプローチ
感情の言語化は、後から学べる技術です。
Taylor(1997)は「感情を直感することは難しいが、他者の発言や知識から感情を学ぶことができる」と述べています。
ここが希望のある部分です。
以下の5つは、研究で有効性が示唆されているものと、実際に取り組みやすいものを組み合わせています。
1. 感情にラベルを貼る(affect labeling)
いま自分が感じているものに、名前をつけます。
これは単なる気休めではありません。
UCLAのMatthew Lieberman氏らの研究(2007)では、感情を言葉にすること(affect labeling)が扁桃体の活動を低下させ、同時に右腹外側前頭前野の活動を高めることが示されています。
扁桃体は、脅威に対する警報装置のような部位です。
言葉にすることで、この警報のボリュームが下がる。
しかも、本人は「感情をコントロールしている」という感覚すら持たないまま、それが起きます。
コツは、「イライラ」で止めないことです。
それは焦りなのか。恥ずかしさなのか。見捨てられた感じなのか。
名前がつくと、感情は初めて扱える対象になります。
2. 感情の解像度を上げる(感情語彙を増やす)
感情を細かく区別できる力は、感情の粒度(emotional granularity)と呼ばれます。
持っている感情の言葉が3つしかない人は、どんな体験も3種類にしか分けられません。
逆に20の言葉を持っていれば、20通りの対処が選べます。
実践としては、感情を表す言葉のリストを手元に置き、その日の気分を選ぶだけでも効果があります。
「不安」の下位に「焦り」「気後れ」「落ち着かなさ」があると知るだけで、自分の状態の見え方が変わります。

3. 書き出す(ジャーナリング)
感情を頭の中だけで扱おうとすると、同じところをぐるぐる回ります。
難しく考える必要はありません。
今日あった出来事と、そのとき体がどうだったかを2〜3行書くだけ。
ポイントは、出来事と身体感覚をセットで書くことです。
「上司に指摘された。喉のあたりが詰まった」。
この2つを並べておくと、後から感情のラベルを当てはめやすくなります。
4. 内受容感覚に注意を向ける(マインドフルネス)
先に見たとおり、失感情症の背景には内受容感覚の統合の弱さがあると考えられています。
だから、体の内側の感覚に注意を向ける練習であるマインドフルネスが有効だとされているわけです。
呼吸に注意を向ける、心臓の鼓動を数える、体を上から下へスキャンする。
数分で構いません。
長時間の瞑想である必要はなく、生理的な緊張の基準値を下げることが狙いです。
マインドフルネスをめぐっては、うつ病の再発予防やPTSD症状の軽減について一定の報告があります。
ただし、万能ではなく、効果の大きさや適用範囲については議論が続いている点も付け加えておきます。
5. 他者から学ぶ・専門家に相談する
感情の言葉は、本来は他者との関わりのなかで身につくものです。
信頼できる相手に自分の状態を話し、「それはしんどかったね」「不安だったんじゃない?」と言葉を返してもらう。
この往復が、ラベルを育てます。
身体症状が続いている、生活に支障が出ている、気分の落ち込みが長引いている。
こうした場合は、心療内科・精神科や、公認心理師・臨床心理士によるカウンセリングを検討してください。

周りの人はどう関わればいいの?
身近に、気持ちを言葉にしない人がいる場合の話です。
「なぜ怒ってるの?」が効かない理由
Posner, Russell & Peterson(2005)は、失感情症の人は不安・怒り・悲しみといった似た感情を区別することが難しく、それが症状の複雑さをもたらしていると指摘しています。
赤ちゃんを想像してみてください。
赤ちゃんは不快な状態を言葉で伝えられないので、泣くことで伝えます。
しかし、養護者は何を求めているのかわからず、本当はオムツを替えてほしいのに、お腹が空いていると思ってミルクをあげてしまうかもしれません。
それでは不快は解消されません。
失感情症の人にも似たことが起きます。
本当は怒っているのに「悲しい」と表現してしまう。
すると、本人も周囲も悲しみをやわらげる行動をとりますが、内側の怒りはそのまま残ります。
だから「なぜ怒ってるの?」と理由を問いただしても、答えが出てこないのです。
答えを持っていないからです。
効果的な3つの関わり方
- シチュエーションと感情を結びつけて言葉を渡す:「それは悲しかったね」「不安だったよね」。親が子にするような関わりが、そのまま有効です。押しつけではなく、候補を差し出すイメージで。
- 理由ではなく状態を聞く:「なぜ?」ではなく「いま何がいちばんしんどい?」。理由の説明を求めると相手は詰まりますが、状態の描写なら答えやすくなります。
- 定期的に言葉を交わす機会を保つ:孤独ルートを断つための一手です。深い相談相手である必要はありません。日常的に会話がある状態を維持するだけで、経路の入口を1つ塞げます。
そして、「落ち着け」と言うのをやめる。これだけでも関係は変わります。
失感情症に関するよくある質問(FAQ)
Q. 失感情症は病気ですか?
A.独立した精神疾患の診断名ではありません。
パーソナリティ特性・状態像として捉えられ、うつ病や不安症、ASDなどに併存しやすい特徴です。
Q. 病院で診断してもらえますか?
A.失感情症そのものの診断名は下りませんが、TAS-20などの尺度で傾向を測ることはできます。
背景にある疾患の診断や治療は、心療内科・精神科で受けられます。
Q. 何科に行けばいいですか?
A.身体症状が中心なら心療内科、気分の落ち込みや不安が中心なら精神科が目安です。
相談だけであれば、公認心理師・臨床心理士によるカウンセリングという選択肢もあります。
Q. 自分で改善できますか?
A.感情のラベリングやジャーナリング、マインドフルネスは自分でも取り組めます。
ただし、生活に支障が出ている場合や身体症状が続く場合は、専門家と並行して進めることをおすすめします。
Q. 失感情症とHSPは逆のものですか?
A.逆ではなく、別の軸です。
刺激を強く受け取る(HSP)ことと、それを言葉にできる(失感情症の逆)ことは独立しており、両方を持つ人もいます。
Q. 感情がわからないのは冷たい人間だからですか?
A.いいえ。失感情症は共感性や思いやりの欠如とは別のものです。
感じていないのではなく、感じているものに気づけない・名前をつけられない状態です。
Q. 子どものうちに気づけますか?
A.気持ちを聞かれると黙る、身体の不調を訴えることが多い、いわゆる「よい子」として過剰に周囲へ合わせている、といったサインはヒントになります。
ただし、発達の途中である点を踏まえ、決めつけずに関わることが大切です。
Q. 失感情症だと必ず攻撃的になりますか?
A.なりません。今回紹介した研究は、刑務所という極めてストレスの強い環境で、孤独と不安が重なった場合の経路を示したものです。
環境要因が大きく関わっており、失感情症であることが直接暴力につながるわけではありません。
さらに学びたい人・実践したい人へ
自己認識を体系的に学びたい人には、『insight(インサイト)』(ターシャ・ユーリック)が入門書として読みやすいです。
自分を正しく理解できている人は思ったより少ない、という実証データから始まります。
内受容感覚に働きかけたい人は、マインドフルネスの原典である『マインドフルネスストレス低減法』(ジョン・カバットジン)が、8週間のプログラム形式になっていて実践しやすい構成です。
まとめ
- 失感情症(アレキシサイミア)とは、自分の感情に気づき言葉にすることが難しい状態。感情がないのではなく、感情に言葉がない状態を指す。
- 独立した診断名ではなく傾向・特性。一般人口のおよそ10%が該当し、男性にやや多い。
- TAS-20では、感情の同定困難・感情の伝達困難・外的志向の3側面から測られる。
- 原因は、神経学的・内受容感覚の統合の弱さ・他疾患との併存・発達的・遺伝的な要因が絡み合う。
- 影響は3つ。心身症として身体に出る、過剰適応として自分を抑えすぎる、そして攻撃性として行動に出る。
- 2026年の研究では、受刑者415人のデータから、孤独ルート・不安ルート・両者の連鎖ルートという3つの経路が示された。最も強い予測因子は不安。
- 改善のカギは、感情にラベルを貼ること、感情語彙を増やすこと、書き出すこと、内受容感覚に注意を向けること、他者と言葉を交わすこと。
- 周囲の人は、理由ではなく状態を聞き、感情の候補を言葉にして渡すことが有効。
【引用・参考文献】
阿部夏希・石田弓・中島健一郎(2020)アレキシサイミアがストレス経験と評価懸念を介して過剰適応に及ぼす影響 心理臨床学研究 37, 571-581
石津憲一郎(2006)過剰適応尺度作成の試み 日本カウンセリング学会第39回大会発表論文集, 137
嶋見優希(2022)アレキシサイミアに関する一考察 京都大学大学院教育学研究科紀要 68, 57-70
Taylor, G. J., Bagby, R. M., & Parker, J. D. A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in Medical and Psychiatric Illness. Cambridge University Press.(福西勇夫・秋元倫子 監訳 (1998) アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患― 星和書店)
Posner, J., Russell, J. A., & Peterson, B. S. (2005). The circumplex model of affect. Development and Psychopathology, 17(3), 715-734.
Lieberman, M. D., et al. (2007). Putting Feelings Into Words: Affect Labeling Disrupts Amygdala Activity in Response to Affective Stimuli. Psychological Science, 18(5), 421-428.
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PsyPost|Study links emotional blindness to violent behavior behind bars(2026年8月2日)
Salminen, J. K., et al. (1999). Prevalence of alexithymia and its association with sociodemographic variables in the general population of Finland. Journal of Psychosomatic Research, 46(1), 75-82.
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