
家族を守りたい一心で出たその一言が、症状を悪化させる引き金になることがあります。
米国のBaylor医科大学のチームが2026年8月、統合失調症のある2人がオンライン詐欺に遭い、そこから急性増悪(症状が急激に悪くなること)に至った症例を報告しました。
精神疾患のある人の詐欺被害リスクは、一般の人の4〜6倍。
しかも、AIの登場で手口は一段と巧妙になっています。
この記事では、なぜ狙われるのか、なぜ指摘が逆効果になるのか、そして家族や支援者が今日から使える具体的な聞き方までを整理します。
なぜ精神疾患のある人は、これほど詐欺に狙われやすいのか?
精神疾患のある人が狙われやすい理由は、症状そのものではなく、症状が生む「孤立」と「経済的な不安定さ」が、詐欺師にとって好条件になっているからです。
Baylor医科大学のSamya Isa氏らが『Psychiatric Times』に寄せた報告によれば、精神病性障害のある人が犯罪や搾取の被害に遭うリスクは、一般人口の4〜6倍にのぼります。
メタ分析では、年間でおよそ5人に1人が何らかの被害を経験しているとされます。
背景にあるのは、次のような条件の重なりです。
- 社会的な孤立:日常的に話せる相手が少なく、見知らぬ相手の親切が際立って響く
- 経済的な困窮:障害年金や不安定な就労で、「短期間で稼げる」話に現実味を感じやすい
- 認知機能の変化:情報を吟味し、矛盾に気づくまでに負荷がかかる
- 相談のしづらさ:過去に「妄想」として扱われた経験があると、実際の被害も言い出せない
最後の一点は特に見落とされがちです。
本当に被害に遭っているのに、「また変なことを言っている」と受け取られてしまう。
この構図が、被害の発見を決定的に遅らせます。
なぜ「それは詐欺だよ」と指摘すると、かえって悪化するのか?
一言で言うと、詐欺師が本人にとって「妄想の内容と一致する、大切な相手」になってしまっているからです。
Baylorチームが報告した2例は、この構造をはっきり示しています。
症例1:30代女性のケース
オンラインで「霊的な導き手」を名乗る相手と関わるようになりました。
相手は関係を続けるよう繰り返し圧力をかけ、金銭を要求。
家族が介入したところ、症状が急激に悪化し、入院に至りました。
症例2:40代男性のケース
アプリやメッセージアプリを通じて「短期間で儲かる」話や暗号資産の話に没入。
就職活動の代わりにそれが生活の中心となり、詐欺のストーリー自体が本人の妄想体系に組み込まれていきました。
ここで起きているのは、単なる金銭被害ではありません。
詐欺師は本人にとって、唯一自分を理解してくれる存在として認識されています。
そこへ家族が「騙されている」と言えば、本人の側から見た構図はこうなります。

結果として、被害的な考えは家族のほうへ向かい、治療関係そのものが壊れていきます。
詐欺師が「秘密にしておこう」と言っていれば、その言葉が裏づけとして機能してしまいます。
正しいことを言うかどうかではなく、どの順番で言うかが、再発を分けます。
家族が使える4つの確認質問
Baylorチームは、臨床の場で使えるスクリーニング(ふるい分けの質問)を提案しています。
これは家族や支援者がそのまま使える形になっています。
尋問にならないよう、世間話の延長のトーンで、ひとつずつ聞くのがコツです。
質問1:お金・暗号資産・ギフトカードを求められたことはある?
金銭の要求は、詐欺を見分ける最も確実なサインです。
特にギフトカードや暗号資産での支払いは、追跡が難しいため詐欺師が好んで使います。
質問2:その人と、実際に会ったことはある?
「もうすぐ会える」「今は出張中」が何か月も続いているなら、赤信号です。
質問3:この関係を、誰にも言わないよう言われている?
秘密の要求は、被害者を孤立させるための典型的な手口です。
ここに「はい」が出たら、優先度が一段上がります。
質問4:その人とは、どんなふうに知り合ったの?
SNSのDM、間違いメッセージを装った連絡、マッチングアプリ。
きっかけを聞くだけで、手口の見当がつきます。
大切なのは、答えを聞いた直後に評価しないことです。
「そうなんだ、教えてくれてありがとう」で一度受け止める。判断はその後で構いません。
【AI時代の主な手口】音声クローン、ピッグブッチャリング、偽リモート求人
報告が名指しした手口は3つです。
いずれも、AIによって「本物らしさ」が跳ね上がっています。
① 音声クローン(ボイスクローン)
数秒分の音声があれば、AIが家族の声を再現できます。SNSに上げた動画や、留守番電話の吹き込みで十分です。
「事故を起こした」「今すぐお金が要る」と、本物の声で電話がかかってくる。
判断力の有無に関係なく、誰でも動揺します。
② ピッグブッチャリング(豚の食肉化)
恋愛感情を装って時間をかけて信頼を育て、そのうえで投資話に誘導する複合型の詐欺です。
日本ではSNS型ロマンス詐欺として知られています。
数か月かけて関係を作るため、「怪しい人には見えない」ことがこの手口の本体です。
③ 偽のリモート求人
暗号資産のマイニング作業、返金処理の代行といった名目で、在宅ワークを募集します。研修費や登録料として先に支払いを求めるのが特徴です。
就労に不安を抱えている人ほど、この誘いは魅力的に映ります。
日本でも被害は拡大しています。
警察庁の暫定値によれば、2025年(令和7年)のSNS型投資詐欺は認知件数9,538件・被害額約1,274.7億円、SNS型ロマンス詐欺は5,604件・約552.2億円。
いずれも前年から4割以上増えました。
特殊詐欺全体では27,758件・約1,414.2億円で、被害額は前年の約2倍です。
悪化させずに伝えるための3つの原則
Baylorチームが強調するのは、対決ではなく、苦痛の妥当化から入るという順序です。
原則1:まず、つらさを認める
「騙されている」ではなく、「その人と話せなくなったらつらいよね」から始めます。
相手を否定する前に、本人の感情を否定しないことが先です。
原則2:自律性を奪わない
判断能力を疑う姿勢は、本人にとって最も屈辱的な扱いです。
決定権は本人に残したまま、選択肢を増やす関わり方をします。
「一緒に確認してみない?」は使えますが、「もう連絡させない」は逆効果です。
原則3:一人で抱えず、第三者を入れる
主治医、精神保健福祉士、地域の相談窓口を早い段階で巻き込みます。
家族対本人の構図になった時点で、話し合いは難しくなります。
日本では、金銭被害の相談は、消費者ホットライン「188(いやや)」が最初の窓口になります。
判断能力に不安がある場合は、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業や、成年後見制度も選択肢に入ります。
主治医への相談も、遠慮する必要はありません。
詐欺被害は、再発リスクを左右する臨床的な情報です。
まとめ
- 精神疾患のある人の被害リスクは一般の4〜6倍、年間で約5人に1人が何らかの被害を経験している
- 詐欺師は本人にとって「理解者」になっているため、家族の指摘が被害妄想と再発の引き金になりうる
- AI音声クローン、ピッグブッチャリング、偽リモート求人が主要な手口。日本でもSNS型詐欺は前年比4割以上の増加
- 家族が使える確認質問は4つ:金銭要求/実際に会ったか/秘密の要求/知り合ったきっかけ
- 伝える順番は、苦痛の妥当化 → 選択肢の提示 → 第三者の関与。対決から入らない
【出典】
- Isa S, Moukaddam N, Wojcik K. Exploitation of Individuals With Psychosis. Psychiatric Times, 2026年8月25日 https://www.psychiatrictimes.com/view/exploitation-of-individuals-with-psychosis
- 警察庁「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」 https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/new-topics/260213/03.html
- 消費者庁「消費者ホットライン」 https://www.caa.go.jp/policies/policy/local_cooperation/local_consumer_administration/hotline/
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