人が生まれてから死ぬまでの生涯にわたって、心理的・身体的にどのように成長していくかについては、さまざまな見解があります。
この記事では、アメリカの心理学者エリク・エリクソンが提唱した「心理社会的発達理論」を解説していきます。
心理社会的発達理論では、以下の表のようにライフサイクル8つに分け、それぞれの発達段階には課題と危機があると考えられています。
時期 | 年齢 | 発達課題 vs 危機 | 獲得されるもの |
乳児期 | 出生~2歳 | 基本的信頼 vs 基本的不信 | 希望 |
幼児期(前期) | 2~4歳 | 自律性 vs 恥・疑惑 | 意思 |
幼児期(後期) | 4~6歳 | 積極性 vs 罪悪感 | 目的 |
児童期 | 6~12歳 | 勤勉性 vs 劣等感 | 有能感 |
青年期 | 12~22歳 | 自我同一性の確立 vs 自我同一性の拡散 | 忠誠性 |
成人期(前期) | 22~40歳 | 親密性 vs 孤立感 | 愛 |
成人期(後期)・壮年期 | 40~64歳 | 世代性 vs 停滞性 | 世話 |
老年期 | 65歳以降 | 自己統合 vs 絶望 | 英知 |
まずは、エリクソンとはどんな人物なのかを簡単に説明し、彼の提唱した心理社会的発達理論とはどんな発達段階理論なのかを解説します。
今も昔も、青年期の自我同一性(アイデンティティ)の確立に苦戦します。
発達段階理論を学ぶと、自分の今までを客観的に振り返ることができ、自己理解が進みます。
今、何かに悩んでいる人はもしかしたら、それを解決するに至るヒントが得られるかもしれないので、ぜひ読み進めてみてください
「アイデンティティ」「モラトリアム」という言葉を広めた男、エリクソンとはどんな人物?
エリク・ホーンブルガー・エリクソン(Erik homburger Erikson,1902-1994)はアメリカの発達心理学者で精神分析家です。
エリクソンはアメリカで最も影響力のあった精神分析家の一人とされています。
それまでの発達心理学というのは、「発達は青年期で終わる」という考えだったのに対し、エリクソンは「人間は生まれてから死ぬまで発達し続ける」と考えました。
そして、エリクソンはその考えをもとに、ライフサイクルを8つに分けた心理社会的発達理論を提唱したのです。
エリクソンは心理社会的発達理論において、青年期は「自分とは何者なのか」という「アイデンティティ」を確立することが達成するべき課題であると考えました。
そして、青年期はアイデンティティを確立するために社会的な責任や義務が一時的に猶予された期間(モラトリアム)であると主張しました。
詳しくは次の章で解説します。
「アイデンティティ」「モラトリアム」という言葉は、エリクソンの影響で世間一般に心理学用語として浸透していきました。
ちなみに、「モラトリアム」はもともと「債務の支払い猶予期間」という意味の金融用語でした。
人はどうやって成長していくのか?エリクソンの発達段階理論を解説
エリクソンが提唱した「心理社会的発達理論(psychososial development)」では、「人間の心理は周囲の人々との相互作用を通して成長していく」と考えます。
心理社会的発達理論の特徴をざっくりまとめると以下の3つです。
- 人間の発達段階(ライフサイクル)を8つに分けている
- それぞれの発達段階には「心理社会的危機」がある
- 人間は心理社会的危機を乗り越えることで「力」を獲得する
「心理社会的危機」とは、青年期を例にとって説明します。
青年期の発達課題はアイデンティティの確立ですが、人によっては「自分はどんな人間で、この先何をしたいのか分からない」と「アイデンティティの拡散」を起こしてしまうことがあります。
青年期において「アイデンティティの拡散」が心理社会的危機です。
また、各発達段階の課題を達成しないまま、次の発達段階へ進むとさまざまな障害が生じ、ストレスや葛藤を感じます。
そのストレスや葛藤のことも、心理社会的危機ということもあります。
心理社会的発達理論では、発達課題と心理社会的危機が「○○ vs △△」という形で表現されます。
それでは、8つの発達段階について説明してきます。
乳児期:出生~2歳、基本的信頼 vs 基本的不信
乳児期は養育者からミルクをもらったり、オムツを交換してもらったりなど身の回りのすべてを養育者に頼っています。
当たり前ですが、乳児期は養育者がいなければ生きていけません。
乳児期に養育者から愛情をたっぷり注がれて、適切・親密に育てられる経験をすると、外の世界に対する安心・安全、養育者に対する信頼を抱きます。
そうやって「基本的信頼」が育まれていくのです。
基本的信頼は他人に自分のありのままを受入れてもらうことができるという「他人への信頼感」と、自分は他人から大切にされる価値のある存在であるという「自分への信頼感」のことです。
基本的信頼は人が発達の過程で自分と他人を信頼し、情緒的かつ継続的な人間関係を構築する土台となる感覚です。
乳児期のうちに十分に育まれないと、その後の発達する過程の中で自分や他人への不信感を抱くようになります。
ちなみに、赤ちゃんがどうしてあんなに可愛いのか、理由を知ってますか?
赤ちゃんは生まれてからしばらくの間、養育者なしでは生きていけない状態が続きます。
養育者に見放されてしまったら、生きていくことができません。
そこで、赤ちゃんは周囲の大人を惹きつけ、色々な世話をしてもらうために、全体的に丸みを帯びていて、おでこがちょっと突き出たあの可愛らしいフォルムを持っていると考えられています。
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幼児期(前期):2~4歳、自律性 vs 恥・疑惑
乳児期から幼児期(前期)にかけて、子どもの語彙は劇的に増加します。(シーグラー,1992)
- 2歳半で約450語
- 3歳代で約900語
- 4歳代で約1500語以上
このように劇的に語彙が増える時期のことを「語彙爆発期」と呼んでいます。
つまり、幼児期(前期)から言葉でのやりとりが増えて、それまでの養育者→子どもという一方向のコミュニケーションから養育者⇔子どもという双方向のコミュニケーションに変化していきます。
と言うようになり、養育者の言うことに耳を貸さなくなったり、反抗するようになります。
しかし、この時期の子どもは自分で色々やってみるものの失敗することも多く、養育者から叱られて恥ずかしさや自分への疑惑を抱いたりします。
こうした「自分で色々チャレンジしたい気持ち」と「失敗するかもしれないという不安な気持ち」がせめぎ合っていく中で、成功体験を積み重ねていくことで「自律性」が身に付き、「意思」が獲得されると考えられます。
幼児期(後期):4~6歳、積極性 vs 罪悪感
幼児期(後期)になると、子どもは自分で考えて行動する「積極性」が見られるようになり、周囲に対して自ら働きかけていくようになります。
しかし、積極的に行動して周囲に働きかけていくことは、同年代の子どものとの競争や衝突を生じさせます。
そうして、積極的に行動して失敗し、養育者や周囲の大人から注意・叱責されることで、
という「罪悪感」を抱くようになります。
積極的に行動して失敗する経験をしながら、それを上回る成功体験を積み上げていくことで、「罪悪感」よりも「積極性」が強くなり、「目的を持つこと」が獲得されていくと考えられます。
児童期:6~12歳、勤勉性 vs 劣等感
児童期になると、主な生活空間が家庭から学校へと移り、教師や同年代の子どもなどの家族以外の人を過ごす時間が大幅に増えます。
学校で多くの知識やスキルを学習し、成績というカタチで他の子どもと比較されるようになります。
児童期の子どもは他の子どもと比較・評価される状況の中で、努力や工夫によって自分の目的を達成しようとします。
しかし、努力しても上手くいかず、悔しさを感じたり、
と「劣等感」を抱き、自信をなくしてしまうこともあります。
児童期は「劣等感」を抱きながらも、それを上回る勤勉性によって「有能感(自己効力感)」が獲得されます。
青年期:12~22歳、自我同一性の確立 vs 自我同一性の拡散
エリクソンが心理社会的発達理論において、最も重要視しているのが青年期です。
青年期の発達課題と危機は「自我同一性の確立 vs 自我同一性の拡散」です。
「自我同一性」とはいわゆる「アイデンティティ」のことで「自分はこういう人間だ」と自覚していることです。
それまで親や周囲の大人の言うがままに生きてきて、そのことに何の疑いを持つこともありませんでしたが、ふと、
と本当の自分が何者なのか分からなくなります。
青年期は「自分が何者か分からなくなる」という「自我同一性の拡散」という危機に直面しながら、理想的な人物ややりたいことを探し、自分にピッタリ合う生き方を模索していく時期なのです。
そうやって、アイデンティティを確立しながら自分が所属する社会への「忠誠性」が獲得されます。
青年期になると見た目は大人と大差ありませんが、精神的には不安定で未熟なので、アイデンティティを獲得するために、社会的な義務や責任が一時的に免除された期間(モラトリアム)であると考えらています。
成人期(前期):22~40歳、親密性 vs 孤立感
モラトリアムが終了し、アイデンティティを確立したあとは、社会に出て義務や責任を負っていくことになります。
成人期(前期)は会社で働く同僚・上司や友人・恋人と親密な関係を築く時期とされ、「親密性」の獲得が発達課題とされています。
親密性を得るためには、自分自身の価値観や考えをしっかりと持ち、違う価値観や考えを持つ人を受け入れる必要があるため、青年期にアイデンティティを確立している必要があります。
人間関係が上手く築けないと、自信をなくしたり、自分の価値観や考えが揺らいだりして、「孤立感」を味わうことになります。
自分自身を信じて、価値観や考えが違う人ともお互いに理解し合うことで信頼・愛情が育まれて「孤立感」を上回る「親密性」を得て、「愛」が獲得されます。
成人期(後期):40~64歳、世代性 vs 停滞性
成人期(後期)になると、所属する社会で中心的存在として義務や責任を負い、知識・経験を蓄積していきます。
社会的な地位は上がり、家庭においても子どもが手がかからない年齢になり、公私ともに落ち着いていく時期です。
会社では自分が前線で活動するよりも、後輩の育成や管理業務に従事することが多くなっていきます。
つまり、成人期(後期)はこれまでの人生で得た知識や経験を次世代の若者に伝えて、自分自身も成長していく時期だと考えられます。
成人期(後期)の発達課題である「世代性(generativity)」とは「知識や経験を次世代に伝え、新しいものを生み出すことで、次世代を支えるものを育む」という意味を持つ、エリクソンが生み出した言葉です。
しかし、次世代への関心が薄いと、自分の知識や経験を伝えようとせず、関心が自分自身の欲求や満足に向いてしまい「停滞」に陥ってしまいます。
成人期(後期)は自己満足や自己陶酔から抜け出し、次世代を育てることに目を向けて、自分の知識や経験を伝えることで「世代性」を育んでいくことで「世話」が獲得されます。
また、この時期は
- 身体的な衰え‐白髪、脱毛、シワ、近いものが見えなくなる
- 知的な衰え‐物覚えが悪くなる、物忘れが多くなる
- 空の巣症候群‐子どもが成人して家を出ていき、胸にポッカリと穴が開いてしまう
- 上昇停止症候群‐出世や自分の能力、体力の障害などが見えてくることで、心が動揺してうつ状態になってしまう
などのさまざまな変化が起こるため、「中年期の危機(middle-life crisis)」と呼ばれています。
このような理由もあり、うつやアルコール依存症は成人期(後期)の方が多いというデータもあります。
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老年期:65歳以降、自己統合 vs 絶望
退職して子育ても終え、自らの老いと向き合いながら、死に至るまで過ごす時期です。
自分自身の人生を振り返って、肯定的に受け止められること(自己統合)を老年期の発達課題とし、自己統合ができずに死を受け入れられないと「絶望」という危機を招きます。
老年期には、誰もが少なからず「絶望」を抱きますが、絶望を抱えながら人生を肯定的に受け入れ、絶望を上回ることで「英知」が獲得されます。
老年期になると、知能や身体機能の衰えなどのネガティブな側面ばかり注目されがちですが、最近の研究では、高齢でも知能の衰えはそれほど大きくないということが分かってきています。
知能は言葉の意味理解や運用能力、一般常識などの能力である「結晶性知能」と頭の回転の速さ、思考の柔軟さ、新しい環境に適応する能力である「流動性知能」に分けられます。
流動性知能は50代から低下がみられましたが、結晶性知能は60代にピークを迎え、その後の低下も80代まで緩やかであることが実験で示されています。
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発達心理学を学んで良かったと思った理由
僕は大学を卒業後、企業に就職してからもずっと「自分の居場所はここじゃない」という思いを抱いていました。
結局その思いは消えず、5年ほどその企業に勤めたあとで退職し、カナダへワーキングホリデーに行きました。
いわゆる「自分探しの旅」ってやつです。
でも、海外では自分がやりたいことが見つけられず、日本に帰国したあとであるきっかけがあって、心理学を学ぶ道に進むことを決意しました。
心理学を学んでいく中で、自分が抱いていた「自分の居場所はここじゃない」という思いはアイデンティティを確立が不十分だったということに気が付きました。
「職業を一つ選ぶ」ということは「他の可能性を捨てる」ことになります。
そのため、自分のやりたいことがハッキリしていないと、職業を一つ選ぶということ自体がとても難しいことなので、他の可能性を捨てきれず、転職を繰り返したりするのです。
自分のそんな気持ちを発達心理学を学んだことで知ることができました。
それを知ったところで、自分の生活が劇的に変化したというわけではありませんが、ずっと胸の中にあったモヤモヤが晴れたような気分になりました。
これから続いていく長い人生の何かしらのヒントになると思うので、ぜひ発達心理学を学んでみてください。
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【参考文献】
psycho-lo「エリクソンの発達段階と発達課題とは?ライフサイクル理論を分かりやすく解説」
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