自分の気持ちがわからない「失感情症(アレキシサイミア)」とは

あなたは今、どんな気持ちでこの記事を読んでいますか?

 

もしかしたら、「この記事を読んだら、自分の気持ちに気づきにくいことについて分かるかもしれない」という期待でしょうか?

それとも、単に「アレキシサイミアってなんだろう」という好奇心でしょうか?

 

自分の感情を理解できることは、心と身体の健康において、とても大切な役割を果たしています。

精神的な痛みと身体的な痛みは脳内ではほとんど同じ反応が起こります。

 

身体であれば傷つけば血が出て、消毒したり、絆創膏を貼るなどの処置ができます。

しかし、自分の感情がわからないと精神的に傷ついたときでも、傷ついていることに気づかずに、心はダメージを受け続けることになります。

感情は喜びを感じたり、自分を奮い立たせたり、自分の内面が発するSOS信号だったりとさまざまな役割があるんですね。

 

ここでは、そんな重要な感情がわからなくなってしまう「アレキシサイミア」とは何なのかについて分かりやすく解説します。

 

自分の気持ちがわからない「失感情症(アレキシサイミア)」とは

自分の気持ちがわからない「失感情症(アレキシサイミア)」とは
Image by Gino Crescoli from Pixabay

アレキシサイミア(alexithymia)」は1970年代初頭に心身症の発症要因の一つとして、アメリカの精神科医・精神分析家であるピーター・E・シフネオス(Peter E. Sifneos)によって名付けられました。

 

心身症とは、精神的ストレスによって身体症状が発症する病気の総称で、代表的な心身症としては、以下のような疾患があります。

  • 胃潰瘍
  • 十二指腸潰瘍
  • 本態性高血圧
  • 偏頭痛
  • 慢性関節リウマチ
  • 過敏性腸症候群
  • 気管支喘息

 

アレキシサイミア(alexithymia)という言葉は、ギリシャ語の「a:非、 lexis:言葉,、thymos:感情」に由来しています。

日本では「失感情症」などと訳されていますが、感情そのものが失われているわけではなく、感情(欲求)に気づけない、認識できない障害なのです。

 

アレキシサイミアの人は自分の率直な感情や願望への「気づき」「洞察」が上手くできません。

そのため、自分の感情を言語化することができず、積もり積もった強い感情(情動)がさまざまな身体症状として現れやすいのです。

 

アレキシサイミアの原因

アレキシサイミアの正確な原因はまだ完全には理解されていませんが、いくつかの要因が関与していると考えられています。

  1. 神経学的要因: 脳の損傷や病気、特に前頭葉や扁桃体などの脳の領域の損傷は、アレキシサイミアの原因となる可能性があります。
  2. 精神的要因: アレキシサイミアは、うつ病や自閉症スペクトラム障害などの精神的な状態や症状と関連していることがあります。
  3. 発達的要因: アレキシサイミアは、早期の発達段階での適切な感情の認識と表現の学習が不足している場合にも関連していると考えられています。子供の時期に感情的な経験やコミュニケーションの機会が制限されたり、適切に教えられなかったりすることが原因となる可能性があります。
  4. 遺伝的要因: 遺伝的な要素もアレキシサイミアの発症に関与している可能性があります。

これらの要因は相互に作用することもあり、個々の人によって異なる組み合わせが原因となる可能性があります。

 

そもそもなぜ人には感情があるのか

そもそもなぜ人には感情があるのか

人にはなぜ感情があるのでしょうか?

 

人に感情がある理由は、進化の結果とされています。

感情は、「生存」と「繁殖」にとって重要な役割を果たすために進化的に選択されたと考えられています。

以下に、感情の役割と進化的なメリットをいくつか説明します。

生存のため

感情は、身体的な脅威や危険に対する警戒や防御反応を引き起こす役割を果たします。

例えば、恐怖や不安といった感情は、身体を危険から守るための反応を引き起こし、生き残る可能性を高めてくれるのです。

危機的状況にいて、戦うか逃げるかの行動をとる、いわゆる「闘争・逃走反応(fight-or-flight response)」と呼ばれる現象です。

少し前から「身動きを止める(freeze)」が加わって3Fなんて呼ばれています。

 

社会的な相互作用の促進

感情は人々の社会的な相互作用に重要な役割を果たします。

感情の表現や共有は、コミュニケーションや絆の形成に役立ちます。

例えば、喜びや愛情の感情は、他の人とのつながりや共感を生み出し、社会的な結束を強めます。

 

意思決定と行動の調整

感情は意思決定や行動の調整にも関与します。

感情は情報処理の過程に影響を与え、行動を選択したり、行動の方向性を決める役割を果たします。

例えば、欲求や欲望といった感情は、その人が目標を決めて、その目標を実現するのに必要な行動を取るように促します。

 

学習と記憶の補助

感情は学習と記憶の形成にも関与しています。

情動的な体験は、情報の処理と結びつきやすくなり、長期的な記憶の形成に影響を与えます。

すごく嬉しかった出来事、逆にものすごく悲しかった出来事などは鮮明に覚えていますよね?

感情的なイベントは、特に強い感情を伴う場合に、より長期的かつ鮮明な記憶として保持される傾向があります。

 

こちらの記事も参考にしてみてください。

 

アレキシサイミアと過剰適応の関係について

アレキシサイミアと過剰適応の関係について

アレキシサイミアは先ほどご紹介したように、心身症との関連が注目されてきましたが、近年では、心理的・社会的適応や感情制御との関連も指摘されています。

アレキシサイミアとの関連を指摘されている概念の一つが「過剰適応(英語:over adaptation)」です。

 

過剰適応とは、“環境からの要求や期待に個人合が完全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも、外的な期待や要求に応える努力を行うこと”(石津,2006)と定義されています。

つまり、自分がやりたいことを抑えて、会社、友人、家族など周りの期待に応えようとしている状態です。

 

中島(2020)は、大学生の過剰適応とアレキシサイミア傾向との関係を調査しました。

その結果、アレキシサイミア傾向の高い人は、自己抑制や自己不全感が高く、他者の期待に沿おうと努力する傾向が強く、人からよく思われたい欲求が高いことが明らかになり、アレキシサイミ傾向と過剰適応との関連が示されました。

 

過剰適応に関する研究はこれまで青年期を中心に行われてきました。

いわゆる“よい子”が過剰適応になりやすいと言われています。

 

“よい子”は周りの期待に応える努力をする中で、次第に自分自身が何をしたいのか、何を求めているのかなどが気づきにくくなっていくのかもしれませんね。

 

【過剰適応に関する記事】

 

アレキシサイミア傾向のある人の支援方法について

アレキシサイミア傾向のある人の支援方法について

Posner, Russell & Peterson(2005)はアレキシサイミアの人は不安や怒り、悲しみといった似たような感情を区別することが難しいことが症状の複雑さをもたらしていると指摘しています。

 

赤ちゃんを想像してみてください。

赤ちゃんは不快な状態を言葉で養護者に伝えることができないので、泣くことでそれを伝えます。

しかし、養護者は赤ちゃんが何を求めているのかわからず、本当はオムツを変えてほしいのに、お腹が空いてると思ってミルクをあげようとするかもしれません。

その場合は赤ちゃんの不快な状態は解消されません。

 

アレキシサイミアの人は不安、怒り、悲しみを区別することが苦手なため、本当は怒ってるのに「悲しい」と表現するかもしれません。

すると、本人も周りの人も悲しみを和らげるような行動を取りますが、その人の中の「怒り」はそのまま残ってしまいます。

 

では、どうすれば良いのかというと、Talor(1997)は「感情を直感することは難しいが、他者の発言や知識から感情を学ぶことができる」と述べています。

親が子にするように、「それは悲しかったね。」「不安だったよね。」などと、シチュエーションと感情を結びつけながら、伝えると良いと思われます。

 

また、自分の内受容感覚に意識を向けるマインドフルネスも有効だと考えられています。

 

より詳しいことを知りたい方は以下の論文を参照してみてください。

嶋見優希(2022)アレキシサイミアに関する一考察 京都大学大学院教育学研究科紀要 2022,68:57-70

 

まとめ

  • 「アレキシサイミア」とは、自分の感情を理解できない状態のことであり、心身の健康に重要な役割を果たす感情に気づけない状態。
  • アレキシサイミアの原因には神経学的、精神的、発達的、遺伝的な要素が関与している可能性がある。
  • 感情は生存と繁殖のために進化的に選択されたものであり、身体の脅威への警戒、社会的な相互作用の促進、意思決定と行動の調整、学習と記憶の補助などに役立つ。
  • アレキシサイミアとは過剰適応とも関連しており、自己抑制や他者の期待に応えようとする傾向がみられる。
  • アレキシサイミア傾向のある人への支援方法としては、親が子にするような情緒的な関わり、マインドフルネスなどがある。

 

 

【引用文献】

阿部夏希・石田弓・中島健一郎(2020)アレキシサイミアがストレス経験と評価懸念を介して過剰適応に及ぼす影響 心理臨床学研究 37,571,581

石津 憲一郎(2006)「過剰適応尺度作成の試み」 日本カウンセリング学会第39回大会発表論文集,137

Taylor, G., Bagby, R, M., & Parker, J, D, A. (1997). Disorders of Affect Regulation: Alexithymia in medical and psychiatric illness. Cambridge, Cambridge University Press. 福西勇夫・秋元倫子(監訳) (1998). アレキシサイミア―感情制御の障害と精神・身体疾患―. 星和書店.

ピーター・E・シフネオス(Peter E. Sifneos)

Posner, J., Russell, J. A., & Peterson, B. S. (2005). The circumplex model of affect: An integrative approach to affective neuroscience, cognitive development, and psychopathology. Dev Psychopathol. 17(3), 715-734.

 

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tetsuya
北海道在住の35歳。 元ホテルマン。30歳で一念発起して、大学に入り直し、心理学を学ぶ。医療機関で実務経験を積んだのち、公認心理師を取得。月に10冊以上本を読んだり、論文を読み漁ったりして得た知識をブログでシェアします。