「離婚歴あり」——インテーク用紙のその一行を、あなたはどこまで深く聞いていますか?
30カ国・75研究・男性1億人超を統合した大規模メタ解析が、支援職の見立てを一段階アップデートする結果を示しました。
最も危険なのは離婚が成立した「後」ではなく、まだ手続きの途中にある「別居中」だったのです。
この記事では、その数値を整理したうえで、明日の面接で使える聞き方まで落とし込みます。
※本記事は対人支援職向けの記事です。
この研究は何を明らかにしたのか?
この研究は、関係解消後の男性の自殺リスクを世界規模で定量化し、リスクのピークが「別離の直後」にあることを示した研究です。
オーストラリア・メルボルン大学のMichael J. Wilson氏らが、『Psychological Bulletin』に発表しました。
30カ国・75研究をレビューし、うち29研究をランダム効果モデルでメタ解析しています。
対象となった男性は延べ1億人以上です。
主要な数値は次のとおりです。既婚男性を基準(1.0倍)としたオッズ比です。
| 指標 | 別離・離婚男性のオッズ比 |
| 自殺念慮 | 1.64倍 |
| 自殺企図 | 1.73倍 |
| 自殺既遂 | 2.82倍 |
念慮から企図、そして既遂へと、段階が重くなるほど差が開いています。
つまり、「関係解消は、考える人を増やすだけでなく、実際に亡くなる人を増やしている」という読み方になります。
なぜ「離婚後」ではなく「別居中」が危険なのか?
別居中の男性は、離婚が成立した男性と比べて自殺のオッズが約2倍(OR=1.96)高い。
ここが本研究の最大の実務的インパクトです。
私たちはつい「離婚した人=リスクが高い」と考えますが、データが指しているのはもっと手前でした。
家を出た、あるいは出られた直後。まだ何も確定していない、宙づりの時期です。
年齢を絞ると差はさらに極端になります。
34歳以下の別居中の男性は、同年代の既婚男性と比べて8倍を超える自殺リスクを示しました。
なぜここまで跳ね上がるのか?
研究チームは、伝統的な男性規範の影響を指摘しています。
- 感情的自制——弱音を吐かないことが望ましいとされ、つらさを言語化する習慣が育ちにくい
- 自立志向——助けを求めること自体が「負け」と感じられ、援助希求が抑制される
- 親密さの一極集中——情緒的につながれる相手がパートナー1人に絞られやすい
3つ目が決定的です。
友人にも親にも本音を話さず、唯一の情緒的な窓口が配偶者だった場合、その関係が切れた瞬間に支えがゼロになります。
喪失が、そのまま完全な孤立に直結するのです。
さらに別居中は、生活基盤も同時に崩れます。
住居が変わり、子どもと会えなくなり、経済的な見通しも立たない。
研究では、大学教育を受けていないこと、失業状態にあることが、リスクをさらに押し上げる要因として挙げられています。
面接で何を聞けばリスクを拾えるのか?
聞くべきは「離婚歴の有無」ではなく「今どの段階にいるか」。
過去の事実を確認するだけでは、いま最も危ない人を見落とします。
以下の4ステップで確認してください。
ステップ1:時系列を特定する
「いつ別居されましたか」「離婚の手続きは今どの段階ですか」と、具体的な時点を聞きます。
「別れました」の一言で終わらせず、別居開始からの経過月数まで押さえます。
ステップ2:情緒的な窓口の数を数える
「このことを話せる相手は他にいますか」と聞きます。
ここで名前が出てこない、あるいは「妻だけでした」と返ってきた場合、孤立の度合いは相当高いと考えてください。
ステップ3:生活基盤の同時崩壊を確認する
住居、収入、子どもとの面会。この3つが同時に揺らいでいないかを確認します。
複数が重なっているほど、追い詰められ感(entrapment=逃げ場のない感覚)が強まります。
ステップ4:接触の頻度を上げる
リスクが高いと判断したら、次回予約を通常より短い間隔に設定します。
男性クライエントは調子が悪いほど、自分から連絡を絶つ傾向があるため、こちらから接触を維持する設計が要ります。
「離婚は男性にとって解放では?」という誤解
現場で聞く3つの疑問に答えます。
Q1.男性のほうが離婚後は身軽になるのでは?
A.データはむしろ逆を示しています。
既遂リスク2.82倍という数字は、身軽さではなく喪失の重さを表しています。
Q2.もともと精神的に不調だったから離婚に至ったのでは?
A.その逆方向の因果は完全には否定できません。
本研究はメタ解析であり、個々の研究デザインには観察研究が多く含まれます。
ただし「別居中が離婚成立後より高い」という時期の偏りは、逆因果だけでは説明しにくいパターンです。
Q3.法律婚の話なので、事実婚や交際の破局には当てはまらない?
A.これは研究の限界として著者自身が認めています。
データの大半が法律婚の解消に限られており、非婚パートナーシップの破局については十分な知見がありません。
臨床では、婚姻の有無を問わず「関係を失った直後か」で見るのが安全です。
日本ではどう読むべきか?
日本は、この知見が特に重く響く国です。
厚生労働省の自殺対策白書などで示されている推移では、1968年から2019年にかけて、男性の自殺率と離婚率の相関係数は0.91と極めて高い一方、女性は0.03でほぼ無相関でした。
離婚が増えると男性の自殺が増えるという関係が、日本のデータでも見えています。
また、Wilson氏らの解析では、アジア圏の離別男性は西欧諸国の離別男性よりも高い自殺オッズを示しました。
恥の意識や、家族の外に相談先を持ちにくい文化的背景が関与している可能性があります。
職域の支援に関わる方にとっては、これは「休職・復職面談で聞くべき項目」の話でもあります。
業務内容や睡眠は聞いても、家庭の状況変化まで踏み込めていないケースは少なくありません。
別居の開始は、業務上のストレス因と同等以上の重みを持つライフイベントとして扱う価値があります。
さらに学びたい人へ
自殺リスクの評価と対応を体系的に押さえたい方には、日本語で読める定番が2冊あります。
まず、面接での聞き方に迷いがある方には、松本俊彦氏の『もしも「死にたい」と言われたら』が実践的です。
「聞いてはいけないのでは」という支援者側のためらいを、具体的なやりとりの水準で解いてくれます。
より網羅的に危険因子と危機介入を学びたい方には、高橋祥友氏の『自殺の危険 臨床的評価と危機介入』が定評ある一冊です。
腰を据えて読むタイプの本なので、研修の教材にも向いています。
まとめ
- 30カ国75研究・男性1億人超のメタ解析(Psychological Bulletin)で、関係解消後の男性の自殺リスクが定量化された
- 既婚男性と比べ、別離・離婚男性は自殺念慮1.64倍、企図1.73倍、既遂2.82倍
- 最も危険なのは離婚成立後ではなく別居中で、成立後の約2倍(OR=1.96)
- 34歳以下の別居中男性は、同年代既婚男性の8倍超という突出した高リスク
- 面接では「離婚歴があるか」ではなく「今どの段階か」「他に話せる相手はいるか」を聞く
聞くべきことは1つ増えるだけです。
今、どの段階ですか?
その一言が、最も危険な時期にいる人を拾い上げます。
相談先
つらい気持ちを抱えている方、身近な人が心配な方は、以下の窓口に相談できます。
- こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
- よりそいホットライン:0120-279-338(24時間)
- #いのちSOS:0120-061-338
- いのちの電話:0570-783-556
SNSやチャットでの相談窓口を含む最新の一覧は、厚生労働省の自殺対策ページで確認できます。
出典
- Men face an elevated risk of suicide immediately following a relationship breakdown(PsyPost)
- Suicidality in Men Following Relationship Breakdown(Psychological Bulletin / PsycNet)
- When relationships end, men’s risk of suicidal behaviour increases(National Elf Service)
- 自殺の統計:各年の状況(厚生労働省)
- 「離婚男性の自殺率が異常に高い」(PRESIDENT Online)
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