「男は弱音を吐くな!」「人に頼るな!」
そう言われて育った男性は、日本に山ほどいます。
近年、こうした価値観はまとめて「有害な男らしさ」と批判されてきました。
でも、その言い方は雑すぎたのかもしれません。
米英の男性740人を調べた最新研究は、伝統的な男性規範10種類のうち、不安やうつに結びついていたのは4つだけだと示しています。
それどころか、心を守っていた規範さえありました。
「男らしさが有害」という言葉は、実は何も説明していない
この10年ほどで広まった「トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)」という言葉は、便利です。
ただ、便利な言葉には副作用があります。
それを口にした瞬間、話が終わってしまうんです。
「男らしさが問題だ」と言われた男性の多くは、こう感じます。

責められている感覚だけが残り、何を変えればいいのかは分からない。
これでは行動は変わりません。
今回紹介する研究の価値は、まさにここにあります。
「男らしさ」をひとかたまりで考えず、10個の成分に分解して、どれが効いているのかを一つずつ測った。
その結果、犯人はかなり絞り込まれました。
何が分かったのか?
伝統的な男性規範10種類のうち、「自分の感情を認識できない状態」と強く結びついていたのは4つだけでした。
研究を行ったのは、The Kids Research Institute Australia、西オーストラリア大学、カーティン大学に所属するVincent O. Mancini氏らの国際チームです。
成果は心理学の学術誌『Sex Roles』に掲載されました。
調査対象は、アメリカとイギリスに住む22歳から80歳までの男性740人。
学歴も職業もばらばらの、ごく普通の男性たちです。
彼らが測ったのは、大きく次の4つでした。
- 伝統的な男性規範10種類に、どれくらい同調しているか
- 失感情症(自分の感情を認識・言語化できない傾向)の強さ
- 感情調整(わき上がった感情をうまく扱う力)の能力
- 抑うつ・不安・ストレスの症状の程度
そして、はっきり「クロ」と出たのが次の4つです。
| 規範 | どういう構えか |
| 仕事優先 | 仕事を何よりも優先する |
| 極端な自立 | 人に頼らない、助けを求めない |
| 勝利志向 | 勝つこと、他人に負けないことを重んじる |
| 感情統制 | 感情、とくに弱さを表に出さない |
この4つを強く支持している男性ほど、自分の感情を認識し、名前をつけることに苦労していました。
研究者はそのメカニズムをこう説明しています。
仕事に没頭したり、助けを求めることを拒んだりする生き方は、自分の内側で起きていることを無視する習慣を強化してしまう。
思い当たる人は多いのではないでしょうか?
忙しくしていれば、感じずに済む。
これは実際、かなり効く方法です。効いてしまうから、やめられない。
なぜ不安やうつにつながるのか?「失感情症」という中継地点
規範が直接うつを引き起こすのではなく、あいだに「感情がわからない」という状態が挟まっています。
失感情症(アレキシサイミア)とは何か?
失感情症とは、自分の感情を識別したり、言葉で説明したりするのが著しく苦手な特性のことです。
病名ではなく、程度の問題として誰にでもある傾向です。
大事なのは、感情を「感じていない」わけではないという点。
感じてはいる。
でも、それが何なのか分からない。
たとえるなら、ポケットの中でスマホが振動し続けているのに、画面を見られない状態です。何かが起きているのは分かる。けれど中身が読めないから、対処のしようがない。
失感情症の傾向が強い人は、注意が自分の内側ではなく外側に向きやすいことも知られています。
「で、どうすればいいんだ」という問題解決モードには入れるのに、「今、自分はどう感じているのか」には入れない。
ちなみに、一般の成人でこの傾向を持つ人は10〜16%程度と言われ、うつ病の患者では30〜50%に見られるという報告もあります。
決して珍しい状態ではありません。
経路は4段階だった
研究チームが統計的に描き出した道筋は、こうです。
- 4つの規範に強く同調する
- 自分の感情を識別できなくなる(失感情症)
- 感情をうまく扱えなくなる(感情調整の困難)
- 不安・抑うつが高まる
ポイントは②と③のつながりです。
何を感じているか分からなければ、それに手を打つこともできません。
熱があるのに体温計がない状態に近い。測れないものは、管理できないのです。
【意外な結果】「地位の追求」はむしろ心を守っていた
伝統的な男性規範のなかには、無害なものも、むしろ良い方向に働くものもありました。
ここがこの研究のいちばん面白いところです。
「地位の追求」を強く支持する男性は、失感情症の傾向がむしろ低く、不安や抑うつの症状も少なかった。
「リスクを取る」「異性愛的な自己呈示」といった規範は、感情処理と何の関係もありませんでした。
つまり、上を目指すこと自体は問題ではない。
社会的に認められたい、評価されたいという欲求は、健康な原動力として働きうるということです。
一方で「勝利志向」はクロだった。
この差は、おそらく向きの問題です。「自分を高める」のか、「他人に負けない」のか。
似ているようで、心にかかる負荷はまるで違います。
「プレイボーイ」規範も注意が必要
もう一つ、興味深い例外もありました。
短期的な性的関係を多く求める「プレイボーイ」規範は、失感情症とは別のルートで感情調整の困難と結びついていたのです。
研究者はこれを、苦痛に対処するための衝動的な報酬追求ではないかと推測しています。
感情が分からないのではなく、分かった上で紛らわせている、というわけです。
論文の著者たちは、はっきりこう警告しています。
男らしさをひとつの有害なカテゴリーとして扱う単純化は、男性に対する不毛なステレオタイプを強めるリスクがある。
これは、批判する側にとっても耳の痛い話だと思います。
「感情を抑えるのは大人の対応」は、どこまで正しいのか?
感情を抑えることには、短期の利益と長期の負債があります。
論文がとくに丁寧に扱っているのが、この「感情統制」の二面性です。
感情を抑え込むこと、隠すことは、短期的には確かに苦痛を減らします。
会議で怒りを飲み込む。取引先の前で不安を見せない。子どもの前で泣かない。
これらは機能します。だから社会は、それを大人の対応と呼ぶ。
問題は、その先です。
抑え込むことが常態化し、やがて自分の感情そのものが分からなくなってしまえば、短期的に得たはずの利益は帳消しになる。
そう研究者は指摘しています。
長期的な心の健康に必要な、深いレベルの感情調整ができなくなるからです。
リボ払いみたいな感じです。
今月の支払いは確かに軽くなる。でも利息は静かに積み上がっていて、ある時点で元本より重くなる。
「我慢できる」ことは、能力です。
ただし、それが「感じられない」に変わった瞬間、能力ではなくなります。
そして、その境目は自分では気づきにくい。
なぜなら、気づくための感覚こそが鈍っているからです。
じゃあ、何をすればいいのか?
「男らしさをやめる」必要はありません。
必要なのは、感情の語彙を増やすことです。
研究者が臨床現場に向けて出した示唆は、かなり具体的でした。
感情を識別できないという根本的な困難に触れないまま、標準的な心理療法を進めても効果が落ちる可能性がある。だから、まず感情の語彙を作るところから始めたほうがいい。
しかもこれは「男らしさ全体を病気扱いせずに」できる介入だ、と念を押しています。
学校教育でも、感情に名前をつける訓練を子どものうちから取り入れるべきだと提案されています。
日常でできることに落とすと、こうなります。
ステップ1:感情ではなく、身体から入る
「今どう感じてる?」と聞かれて分からないなら、質問を変えます。
今、体のどこが、どうなっているか。
胸が重い。肩に力が入っている。喉が詰まる。奥歯を噛んでいる。
感情より身体のほうが観測しやすいです。
ステップ2:「イライラ」以外の言葉を探す
多くの男性の感情語彙は、実質3語しかありません。
「疲れた」「イライラする」「大丈夫」。
これでは解像度が足りない。
イライラの中身は、焦りかもしれない。失望かもしれない。恥ずかしさかもしれない。見捨てられる不安かもしれない。
名前が変われば、打ち手も変わります。
ステップ3:1日1行だけ記録する
長い日記は続きません。
寝る前に一行、「今日いちばん強く動いた感情」とその引き金だけ書く。
精度は要りません。外れていてもいい。
回数のほうが大事です。
ステップ4:一度だけ、誰かに言葉にしてみる
極端な自立の規範が強い人ほど、ここが最大の壁になります。
それでも、口に出した瞬間に感情の輪郭がはっきりすることは多い。
相手はカウンセラーでも、友人でも構いません。
この研究を、どこまで信じていいのか
今回の研究は、方向性は示せていますが、因果関係は証明されていません。
この研究は横断調査です。
つまり、ある一時点のデータを切り取ったもので、時間の流れを追っていません。
統計モデルは「規範→失感情症→感情調整困難→不安・抑うつ」という順序を描きましたが、その向きが本当にそうなのかは確定できません。
逆の可能性もあります。
すでに強い不安や抑うつを抱えている男性が、自分の男らしさへの同調度を実際とは違う形で報告している、というシナリオです。
加えて、データはすべて自己申告です。
臨床的な評価や、家族から見た様子は含まれていません。
自分の感情が分からない人が、自分の感情の分からなさを自己申告する。この構造自体、実はやや不安定です。
そして対象は米英の男性のみ。
西洋の産業化社会の外で同じパターンが成り立つかは、まだ分かりません。
日本は、この点でかなり気になる社会です。
「察する」ことが高く評価され、言語化はむしろ野暮とされる文化がある。
自殺者のおよそ3分の2が男性という状況が続く一方で、精神科の受診率は女性のほうが高い。
この研究の枠組みが日本でどう当てはまるのかは、検証する価値のあるテーマだと思います。
まとめ
- 米英の男性740人の調査で、伝統的な男性規範10種類のうち失感情症と強く結びついていたのは「仕事優先」「極端な自立」「勝利志向」「感情統制」の4つだけだった
- その4つは、感情を識別できない状態を介して、感情調整の困難、そして不安・抑うつへとつながる経路が示された
- 「地位の追求」はむしろ失感情症も症状も低く、リスクテイキングは無関係。男らしさを一括りに有害とするのは単純化しすぎ
- 感情を抑えることには短期的な利益があるが、失感情症を生めばその利益は打ち消される
- 対策は「男らしさを捨てる」ことではなく、感情に名前をつける練習。身体感覚から入り、語彙を増やし、1日1行記録する
- ただし横断調査・自己報告のみのため、因果の方向は確定していない
【出典】
Mancini, V. O., Ditzer, J., Brett, J. D., Gross, J. J., & Preece, D. A. 『Internalizing Symptoms in Men: The Role of Masculine Norms, Alexithymia, and Emotion Regulation』Sex Roles.
How specific masculine ideals are linked to anxiety and depression in men (PsyPost, 2026-08-09)
Conformity to Masculine Norms Inventory 下位尺度
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