家計のことを考えると、夜、目が冴えてしまう。仕事中もふと通帳のことがよぎる。
そんな毎日を送っている方に、少し重たいニュースが届きました。
長期にわたる経済的な苦しさが、後年の脳の状態と関連していた、という研究です。
でも、読むのをやめないでください。
この研究は「今お金がない人の脳が縮む」という話ではありません。
そして、示された仕組みは2つとも、手をつけられる種類のものでした。何が分かって、何が分かっていないのか。順番に見ていきます。
この研究は何を調べたのですか?
今回の研究は、一言で言うと、同じ人たちを70年以上追いかけて、成人期の家計状況と、高齢期の脳の状態を突き合わせた研究です。
使われたのは、1946年に英国で生まれた人たちを追い続けている調査です。
世界で最も長く続いている追跡研究で、今回は2,759人が分析対象になりました。
測定のしかたは、こうです。
- 26歳・43歳・53歳——それぞれの時点での世帯収入を記録
- 36歳〜53歳——家計のやりくりに困っているかを繰り返し質問
- 53歳——言葉の記憶力と、頭の回転の速さを検査
- 69〜71歳——MRIで脳の状態を撮影
学術誌『Innovation in Aging』に発表されました。
結果として、長期にわたって経済的に苦しかった人は、53歳時点の認知機能の検査成績が低く、70歳前後のMRIで脳の萎縮と脳室の広がりが大きい傾向にありました。
「経済的に苦しい」とは、どのくらいのことですか?
ここが誤解されやすいところです。
一時的にお金がない時期があった、という話ではありません。
研究では、次のように定義されていました。
| 分類 | 定義と該当割合 |
|---|---|
| 持続的な低所得 | 3回の調査のうち2回以上、下位20%(約6人に1人) |
| 持続的なやりくり困難 | 36〜53歳の間に2回以上、家計の困難を報告(約8人に1人) |
つまり、20年〜30年という単位で苦しさが続いた人たちが対象です。
失業した年があった、子どもの学費で数年きつかった。
そうした一時的な時期は、この定義には当てはまりません。
もう一つ大事な点があります。
研究では、子どもの頃の認知能力、学歴、育った家庭環境の影響を統計的に取り除いたうえで、それでも関連が残っていました。
「もともと頭が良い人が高収入になっただけでは?」という説明では片づかなかった、ということです。
なぜ、お金の心配が脳に影響するのですか?
研究者たちが挙げている仕組みは、2つあります。
① 慢性的なストレスによる炎症
強いストレスが何年も続くと、体の中で炎症が起きやすい状態が続きます。
この炎症が、脳の老化を早める方向に働くのではないか、と考えられています。
② 認知的負荷
これは少し説明が要ります。
お金の心配は、頭の中の作業スペースを占領するという考え方です。
パソコンで例えると分かりやすいかもしれません。
裏で重いアプリがずっと動いていると、他の作業がもたつきますよね?
お金の不安は、まさにその「裏で動き続けるアプリ」のように働きます。
だから、集中できない、物覚えが悪い、判断を先延ばししてしまう——そうしたことが起きます。
これはあなたの能力が落ちたのではなく、スペースが埋まっているだけです。
自分を責める必要がないという意味でも、大事な視点です。
「もう手遅れ」ということですか?
いいえ。
理由を3つ挙げます。
理由1:これはリスク因子の一つであって、決定ではない
認知症のリスク因子には、難聴、喫煙、運動不足などがあります。
経済的困窮も、それらと並ぶ「修正できる可能性のある要因」として扱うべきだ、というのがこの研究の含意です。
修正できる、というところが肝心です。
年齢や遺伝と違い、手をつけられる側に分類されています。
理由2:示された仕組みは、どちらも介入できる
炎症も、認知的負荷も、それ自体を減らす方法があります。
特に認知的負荷は、お金の額が変わらなくても軽くできるものです。
たとえば、支払いの見通しがはっきりするだけで、頭の中を占めていた不安の面積は小さくなります。
理由3:これは個人の努力不足の話ではない
長期の経済的困窮は、本人の頑張りだけで決まるものではありません。
だからこそ、社会全体で対処すべき健康問題として位置づけられています。
自分を責める材料にしないでください。
今日から、何ができますか?
お金の額をすぐ変えるのは難しくても、認知的負荷を下げることなら今日から手をつけられます。
ステップ1:頭の中にあるものを、紙に出す
支払い、期限、金額。頭の中で回している限り、脳はそれを保持し続けます。
書き出した瞬間に、保持する仕事から解放されます。
ステップ2:一人で抱えている状態から出る
お金の相談は、無料で受けられる公的な窓口があります(記事の最後にまとめました)。
制度を使うのは、権利であって恥ではありません。
相談したという事実だけでも、頭の中の面積は変わります。
ステップ3:炎症を下げる生活の基本を1つだけ足す
睡眠、運動、人とのつながり。全部やろうとせず、いちばん手が届きそうな1つを選んでください。
10分の散歩でも構いません。続くことのほうが大事です。
ステップ4:難聴のチェックも忘れずに
意外に思われるかもしれませんが、聞こえにくさは認知症の大きなリスク因子の一つです。
心当たりがあれば、耳鼻科で調べてもらう価値があります。
この研究を、どこまで信じていいですか?
参考にはなりますが、因果関係は証明されていません。
ここは正直にお伝えします。
まず、これは観察研究です。
「経済的困窮が脳を萎縮させた」のか、それとも別の共通した要因があるのかは、区別できていません。
次に、対象は1946年生まれの英国人という単一の世代です。
戦後間もない英国という特殊な時代背景があり、現代の日本にそのまま当てはめられるかは分かりません。
また、男性、育った環境が不利だった人、アルツハイマー病に関連する遺伝子を持つ人で関連がより強い、という結果も出ています。
ただしこれらは一部のグループでの分析なので、示唆にとどまります。
お金の不安と頭の関係を、もっと知りたい人へ
この記事で扱った「認知的負荷」という考え方を、もっと詳しく知りたい方には1冊おすすめできます。
『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』は、お金や時間の欠乏がどのように判断力を奪うかを扱った本です。
貧困を能力の問題ではなく、処理能力が占領された状態として説明しており、今回の研究の背景がよく分かります。
自分を責めてしまいがちな方ほど、読む価値があると思います。
まとめ
- 1946年生まれの英国人2,759人を70年以上追跡した研究の結果
- 20〜30年にわたる持続的な経済困窮が、53歳の認知機能低下と70歳前後の脳萎縮に関連
- 該当したのは持続的低所得で約6人に1人、やりくり困難で約8人に1人
- 子ども時代の認知能力・学歴・育った環境を調整しても関連は残った
- 仕組みの仮説は慢性ストレスによる炎症と認知的負荷の2つ
- ただし観察研究であり、因果関係は証明されていない
いま集中できないのは、あなたの能力の問題ではないかもしれません。
頭の中を占めているものを1つ紙に書き出す。
それだけでも、スペースは少し戻ってきます。
お金の相談ができる窓口(日本・無料)
- 自立相談支援機関——生活困窮者自立支援制度の窓口。お住まいの市区町村にあります
- 消費生活センター:188(局番なし)
- 法テラス:0570-078374(借金・法律の相談)
- こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
どれも無料で相談できます。使うことは権利です。
出典
- MRC National Survey of Health and Development(1946年英国出生コホート)を用いた研究. Innovation in Aging.
- PsyPost「Persistent financial hardship is linked to later-life brain shrinkage」
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