こうした症状によって、日常生活に支障が出ている方はもしかしたら「不安障害」かもしれません。
*DSM‐Ⅳまでは、不安障害に分類されていた「強迫性障害」や「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」も合わせると、全国で1000万人以上の方が生涯に一度は経験する病気だと言われています。
この記事では、実は意外と身近な「不安の病」の種類や症状、原因、治療法を分かりやすく解説していきます。
不安障害(anxiety disorder)とは?
不安は「漠然とした対象のない恐れの感情」と定義することができます。
不安という感情はマイナスのイメージが強いと思いますが、もともとは自然界で生き残るために欠かせない感情でした。
森で野生動物を追いかけていた時代では、肉食動物と遭遇するとすぐに不安という感情を働かせて、闘争か逃走か(fight or flight)の行動をいち早くとり、かろうじて生き延びてきました。
現代は街中で急に肉食動物に襲われる心配もなくなりましたが、代わりに現代社会のストレスに遭遇したときに必要以上に不安を感じてしまう人たちがいます。
特定の状況下において、コントロールできない程の強い不安に襲われ、パニックを起こしてしまうなどの症状がある精神疾患を不安障害といいます。
不安と恐怖の違い
不安は特定の対象をもたない漠然とした恐れの感情です。一方、恐怖とは特定の対象への恐れの感情を意味します。
恐怖は対象がハッキリしているので、対処ができます。
たとえば、ヘビ恐怖症ならヘビに極力出会わないように生活することもできますし、ヘビが苦手と分かっていれば、克服することも不可能ではありません。
しかし、不安の場合は特定の対象がない漠然とした恐れなので、対処も難しいです。
不安は考えれば考える程どんどんと大きくなり、思考や視野を狭くし、マイナスの方へ流れていってしまいます。
「不安の病」の種類や症状
不安障害は単一の疾患の病名ではなく、パニック障害・社交不安症・広場恐怖症・緘黙症(場面緘黙症)・限局性恐怖症(特定の恐怖症)などの総称です。
強迫性障害やPTSDもDSM‐Ⅳまでは「不安障害」に分類されていましたが、DSM‐Ⅴでは「不安障害群」とは別に「強迫性障害および関連障害群」「心的外傷およびストレス因関連障害群」とそれぞれ独立したカテゴリーになりました。
ただ、これらの疾患は実際の症状や原因、治療法などに不安障害と共通する部分が多いので、関連が深い疾患であることには変わりありません。
そのためこの記事では、強迫性障害とPTSDもあわせてご紹介します。
【緘黙症に関してはこちらの記事をご覧ください】
不安障害群
パニック障害(panic disorder) | はっきりとした理由がないのに、急に強い不安感が湧き起こり、頻脈・発汗・ふるえ・息苦しさ・胸の不快感・異常感覚(手足のしびれ)・死んでしまうのではないかといった恐れなどを伴う。一回の発作は数分程度。 |
社交不安症(social anxiety disorder) | 他人からの注視を浴びる状況を恐れる・初対面の人や偉い人の相手をするのが苦手・人前で話したり、食事をしたり、字を書いたりするのが苦手とった対人関係状況への恐怖を示す疾患。
社交不安症は思春期、青年期の病理という特徴があり、30歳を過ぎると症状が軽快する傾向がある。 |
広場恐怖症(agoraphobia) | 電車、バス、飛行機などの公共交通機関・公園、市場などの広い場所・店、映画館などの囲まれた場所などの大勢の人が集う状況が苦手になるという疾患。
症状が悪化すると、家から出られなくなり、日常生活に支障をきたす。 |
限局性恐怖症(特定の恐怖症)specific phobia | 高所・飛行機に乗ること・動物・血液・鉛筆や刃物などの先の尖ったものなどのある特定のものへの恐怖を示す疾患。
男性よりも女性に多い疾患。 |
全般性不安障害(generalized anxiety disorder) | パニックほどは強くない不安感が長期間つづくような状態。些細な出来事への心配・絶えず続くイライラや落ち着きのなさ・集中困難・疲れやすさ・不眠などが持続する。
中年の女性に多い傾向。 |
不安や恐怖といった感情は人が生きていくために必要であり、多かれ少なかれ誰もが持っているものです。
しかし、不安や恐怖が必要以上に大きくなったり、不適切な状況で高まったりして日常生活に支障が出るという状態が数か月にわたって継続する場合は不安障害と判断される可能性があります。
うつ病の「不安」と不安障害の「不安」
うつ病も不安が主症状の場合があります。
しかし、うつ病「不安」と不安障害の「不安」は少し性質が異なります。
うつ病の不安は「過去の喪失」から生じやすいのに対し、不安障害の不安は「未来の予期」に基づいていると言われています。
つまり、うつ病では過去に起きたことを思い悩むのに対して、不安障害では「もしも、こんなことが起きたらどうしよう」と未来に起きることに対して不安を抱きます。
強迫性障害および関連障害群
強迫性障害(obsessive-compulsive disorder) | ある特定の考え(強迫観念)が湧き起こり、それを打ち消すために様々な行為(強迫行為)をしてしまう症状を呈する。本人もその考えはバカバカしいということが分かっていて、気にしまいと努力しても拘りが消えないという特徴がある。
|
身体醜形障害/醜形恐怖症(body dysmorphic disorder) | 他人の目には分からないような極めて些細な身体上の外見に欠陥があることを悩む疾患。美容整形手術を受けることが多く見られる。
思春期の若い人に多い。 |
ためこみ症(hoarding disorder) | 持ち物が捨てられず、ためこんでしまう疾患。メディアでたまに報じられるゴミ屋敷騒動を引き起こす人はためこみ症の可能性がある。 |
脱毛症(trichotillomania) | 繰り返し自分の髪の毛などの体毛を引き抜いてしまうという疾患。抜きつづける結果、体毛が喪失してしまうが、その行為を止めようと思っても止められない。
思春期の女性に多く出現する。 |
強迫性障害は患者自身が自分の考えや行動を「無意味」「やりすぎ」と認識しているにも関わらず、それを止められないことが多いです。
兵庫医科大学精神科神経科学講座主任教授の松永寿人氏は以下のように述べています。
どれだけ行動をくりかえしても完璧はありえないので、それで強迫観念が消えることはありません。逆にますます不安が高まるといおう悪循環におちいってしまうのです。
家族にくりかえし行動への同調をせまったり、極端なこだわりを押しつけたりして、それを家族が耐えているというケースも少なくないでしょう。
Newton 2020/7 Topic 実は身近な『不安障害』より
心的外傷およびストレス因関連障害群
不安障害や強迫性障害では、社会的なストレスが発症の一因となっている可能性があるのに加えて、患者自身の不安が強い傾向・完璧主義といった性格的あるいは素質的な問題も大きく関わっています。
これに対して、ストレス因関連障害は急性ないし慢性の社会的ストレスが明らかに直接的な原因として作用している疾患です。
重度ストレス反応
|
自分または他人の生命に危険が及ぶような急激かつ強烈な状況を体験したためにもたらされる一連の心身の障害。戦争・大災害・犯罪などに遭遇し、自分の生命が危うく失われるような体験をしたり、親しい知人や家族が目の前で死亡するのを目撃するといった恐ろしい体験がきっかけとなる。
|
適応障害(adjustment disorder) | 退職、職場環境の変化、離婚、失恋、解雇などのはっきりと確認できてありふれた生活上での出来事が心理的ストレスとなり、心理的・行動的な問題が生じる疾患。
|
反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害(RAD:reactive attachment disorder) | 養育者による育児放棄・育児怠慢(ネグレクト)や虐待が原因で、大人へのアタッチメント(愛着)行動を生じなくなる障害。
|
不安障害を引き起こす原因
不安障害や強迫性障害、PTSDは何か一つの原因で生じるのではなく、さまざまな要素が重なり合って、発症していると考えられています。
不安障害や強迫性障害などの精神疾患は血縁者に患者がいる人はそうでない人と比べて、同じような病気に罹る割合が高いことが知られています。
そのため、何らかの遺伝的な要因があると言えます。
その人の性格も関係しています。
たとえば、強迫性障害には「細かいことにこだわる」「自分のミスにとらわれやすい」といった性格が関係していると指摘されています。
また、年齢や肩書、所属する集団(家族、友人グループ、学校、会社、国など)の文化や価値観、社会的環境も病気を発症させる原因の一つになり得ます。
たとえば、日本人が「他人に迷惑をかけてはいけない」と考えやすい傾向があることは、不安障害や強迫性障害の発生に関係している可能性があります。
このように生物的側面・心理的側面・社会的側面が複雑に絡み合って、精神疾患を引き起こしているのです。これを「生物心理社会モデル(Bio-Psycho-Social model)」と言います。
カウンセラーがクライエントに対して行う「心理査定」においても、この3つの側面から問題の背景を検討していきます。
【生物心理社会モデルに関してはこちらの記事をご覧ください】
不安・恐怖が暴走するとき、カラダでは何が起こっているのか?
不安障害に最も深く関わっている部位は、不安や恐怖を含めた感情の中枢である「扁桃体」です。
人間が何らかのストレスを受けると、扁桃体から不安や恐怖のシグナルが発信されて、カラダの様々な場所へと伝わります。
すると、心拍数や血圧の上昇、呼吸の増加、冷や汗などが生じます。
心拍数や血圧が上昇すると、筋肉にたくさんの酸素が送り込まれるため、自分を脅かしている脅威から逃げたり、闘ったりするのに役立ちます。
あわせて読みたい
扁桃体のバランスが崩れている!?
扁桃体には、活動を高める*神経回路と活動を抑える神経回路があり、普段はそのバランスが保たれています。
ところが、バランスが崩れて扁桃体の活動を高める働きが優勢になると、不安・恐怖のシグナルが大きくなり過ぎてしまいます。
セロトニンは神経細胞と神経細胞の結合部分であるシナプスでやり取りされる神経伝達物質の一つです。
神経伝達物質は神経細胞の末端から放出されて、となりの神経細胞の表面にある受容体に結合することで情報を伝達する物質です。
神経細胞内は電気信号で情報が伝えられていきますが、シナプスには若干の隙間(シナプス間隙)があるため、電気信号は使えず神経伝達物質で情報を伝えてます。
セロトニンは扁桃体の活動を抑制する情報を伝達しているので、セロトニンが不足すると扁桃体の活動を抑えることができず、不安・恐怖が暴走してしまうのです。
理性を司る「前頭前野」と「帯状回前部」の働きが弱っている
扁桃体の活動が過剰になってしまう原因は他にもあります。
その原因とは、理性を司る「*前頭前野」と「*帯状回前部」の働きが弱っていることです。前頭前野と帯状回前部には、扁桃体の活動をコントロールする役割があります。
扁桃体の活動が必要以上に高まりそうになっても、通常は理性を司る前頭前野と帯状回前部の働きによって抑えることができますが、不安障害などの患者はそれらの働きが弱っているため、不安・恐怖が暴走してしまうのです。
- 前頭前野‐ヒトをヒトたらしめ,思考、推理、計画や創造性を担う脳の最高中枢であると考えられている。
- 帯状回‐大脳辺縁系(扁桃体、海馬など)の各部位を結び付ける役割があり、感情の形成と処理、学習と記憶などに関わりを持つ。
不安障害は治療できる病。主な治療法を紹介
強い不安や恐怖が突然現れて短時間でおさまる「パニック発作」は普段の生活で起こり得ます。
しかし、パニック発作が繰り返し起こったり、発作が起こることを恐がって外出ができなくなったりするのは危険のサインです。
そう感じたら、まずは専門医を受診してみることをお勧めします。
病院やクリニックでどんなことが行われるのか不安に感じる方もいらっしゃると思うので、ここで主な治療法をご紹介します。
不安障害だと診断されると、治療に入る前に「心理教育」を受けることになります。
心理教育とは、専門医が患者や家族に対してどのような疾患なのか、どういった治療法があるのかを理解してもらうプロセスです。
患者自身が「病気を必ず治すんだ!」という強い意志があるのと、ないのとでは治療の効果が全然違うため、ここでしっかりと治療の意思を持ってもらうことが大切になります。
不安障害の治療では、近年、「薬物療法」と「認知行動療法」を組み合わせる治療が主流となっています。
セロトニン不足を解消する「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」
扁桃体のバランスが崩れている!?では、不安障害患者がセロトニン不足のために不安・恐怖が暴走している可能性があることを説明しました。
そこで薬物療法ではセロトニン不足を解消するために「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI:Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)」と呼ばれる薬剤がよく用いられています。
神経細胞から放出されたセロトニンが全部が全部、となりの神経細胞の受容体に取り込まれる訳ではありません。
「セロトニントランスポーター」と呼ばれるセロトニンを再び取り込むところがあり、そこから元の神経細胞に取り込まれて、セロトニンが再利用されます。
不安障害などの精神疾患患者は、再取り込みされ過ぎてセロトニンが足りなくなるなどの理由によって、セロトニンが次の神経細胞に情報を伝達できていないと考えられています。
SSRIには、神経細胞のセロトニントランスポーターをふさぐ(阻害する)ことで、シナプス間隙のセロトニン濃度を高めて、セロトニンが次の神経細胞へ情報を伝達できるようにします。
SSRIは従来の薬剤と比較して副作用も依存性も低いことから頻繁に用いられるようになりました。
ただし、薬物療法のみの治療だと疾患が再発する場合も少なくないため、再発予防に効果がある認知行動療法を同時に行うことが望ましいとされています。
ここまでSSRIの効果ついて説明してきましたが、SSRIにもデメリットがあります。
- SSRIの使用を開始してから効果が出るまでに数週間ほどかかること
- 脳内のセロトニン濃度が過剰になるセロトニン症候群
- SEXへの興味が失せたり、不能になったりして性生活に支障が出る
不安障害やうつ病、強迫性障害などさまざまな精神疾患に用いられており効果がある薬剤ですが、デメリットも考慮しておかなければなりません。
【あわせて読みたい】
認知と行動からアプローチする「認知行動療法」
理性を司る「前頭前野」と「帯状回前部」の働きが弱っているでは、扁桃体の活動をコントロールする前頭前野と帯状回前部の働きが弱っているために、不安・恐怖が暴走してしまうと説明しました。
認知行動療法とは、身の回りの出来事に対する考え方や認識「認知」と繰り返し行動など「行動」の両方を改善し、前頭前野などによる扁桃体の活動のコントロールを強化することを目的とした心理療法です。
人は嫌な出来事が起こるから、怒り・不安・恐怖などの感情が湧いてくる訳ではありません。
たとえば、上司に怒られた時、
と出来事をネガティブに捉える人もいれば、
とポジティブに捉える人もいます。
つまり、出来事によってネガティブな感情が生じている訳ではなく、物事の捉え方・思考によって感情が生まれているのです。
認知行動療法では、自分の思考を冷静に分析し「この状況だったら、こんな捉え方もできるよね」と自分の思考から少し距離をとって考え方は一つではないということを学んでいきます。
また、行動からのアプローチでは、どのような行動のときに気分が改善し、どのような行動のときに気分が悪化するのかを具体的に明らかにしていきます。
そして、気分が改善する行動を増やし、気分が悪化する行動を減らしていくことで症状の改善を図ります。
【あわせて読みたい】
不安障害に「運動」が効果的な理由
と思う方もいるかもしれませんが、運動にはダイエット効果以外にも素晴らしい効果がたくさんあります!
運動をすると、
- 脳の肥料が分泌される
- セロトニンが増える
という効果があります。
脳の肥料である「脳由来神経栄養因子(BDNF:Brain-Derived Neurotrophic Factor)」は、ストレスホルモンから神経細胞を守り、神経細胞の成長と結合を促します。
実は多くの精神疾患で、脳のBDNFが減少していることが確認されており、これによって神経細胞が十分に発達しなかったり、ストレスによるダメージから保護されなくなるため、精神疾患を発症しやすくなってしまうのではないかと考えられます。
SSRIなどの薬剤は脳内の神経伝達物質からアプローチし、認知行動療法は脳の最高中枢である前頭前野にアプローチしていますが、運動は一度に両方からのアプローチが可能なのです。
「運動をしないことは憂鬱になる薬を飲むようなものだ」とも言われています。
ダイエットのための運動が実は脳の運動にもなっていたのです。
【あわせて読みたい】
【運動のモチベーションを上げるオススメ本】
最後に
誰もが日常生活の中で感じる「不安」ですが、強い不安が繰り返し起こる場合は不安障害の疑いがあります。
不安障害・強迫性障害・PTSDは治療ができる疾患ですが、治療が遅れるとそれだけ回復も遅くなってしまいます。
心当たりがある方は一度、専門医に相談してみてはいかがでしょうか?
【あわせて読みたい】
【BlogPickerオススメ記事】
【参考文献】
Newton 2020/7
▼このブログを応援する▼