盗みが止められないクレプトマニア(窃盗症)とは?原因や治療法を解説

平成29年における刑法犯罪総認知件数は915,042件で、そのうち窃盗犯総数はおよそ7割の655,498件でした。

そして、窃盗犯罪のおよそ16%が万引きです。

万引きをする理由は度胸試しから経済的な理由まで様々ですが、中には盗みを止めたくても止められずに苦しんでいる人がいます。

 

無意識的、かつ窃盗の衝動をコントロールできない人を万引きと区別するために用いられるようになった言葉が「クレプトマニア(英語:kleptomania)」です。窃盗症、窃盗癖、病的窃盗とも呼ばれます。

この記事では、クレプトマニアとはどんな精神疾患なのか、その原因や治療法について解説します。

盗みが止められないクレプトマニア(窃盗症)とは?

クレプトマニア(窃盗症、窃盗癖、病的窃盗)」とは、別に経済的に困っていたり、盗もうとしている物が欲しいから窃盗するのではなく、窃盗することで得られる緊張感や満足感が病みつきになってしまい、止められなくなってしまうという精神疾患です。

精神疾患の国際基準である*ICD‐10においては、クレプトマニアを以下のように説明しています。

この障害はものを盗むという衝動に抵抗するのに何度も失敗することで特徴づけられるが、それらのものは個人的な用途や金儲けをするために必要とされない。逆に捨ててしまったり、人に与えたり、秘匿したりすることがある

そのため、クレプトマニアは、ギャンブル依存症や買い物依存症などと同じく、「行為依存」に分類されます。窃盗は複数人で行われることはなく、たった一人で行われます。

 

クレプトマニアは頻繁に窃盗を繰り返しますが、理由としては以下の点が考えられます。

  1. 被害者の顔が直接的に見えにくいため、罪悪感が湧きにくい(佐藤・竹村,2013)
  2. 窃盗を繰り返し行ううちに窃盗に習熟し、捕まりずらくなり、止めるきっかけがなく、ズルズルと窃盗を繰り返してしまう
  3. 逮捕されたとしても、適切な治療的サポートがないために、釈放されてからも窃盗を繰り返してしまう
  4. 窃盗は犯罪であるため、近しい人にも相談できない
  5. 盗むのに専門的な道具が必要ない

 

用語解説
ICD-10…世界保健機関(WHO)が定めている病気の分類の第10版です。ICDの正式名称はInternational Statistical Classification of Diseases and Related Health Problemsで日本語では、国際疾病分類といいます。

クレプトマニアの診断基準

国際的な精神疾患の診断基準であるDiagnostic and statistical manual of mental disorders(DSM)では、第三版のDSM-Ⅲから正式に精神疾患として加えられています。

2020年9月1日現在、DSMは第五版のDSM‐Ⅴまであります。DSM‐Ⅴにおけるクレプトマニアの診断基準は以下の通りです。

DSM-Ⅴ における窃盗症の診断基準(APA, 2013)

  1. 個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。
  2. 窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
  3. 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
  4. その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
  5. その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない。

DSM‐Ⅴの診断基準によると、欲しいものばかりを盗む人や経済的に厳しいために窃盗する人はクレプトマニアとは区別されるという訳ですね。

クレプトマニアは男性よりも女性に多い!?

クレプトマニア(窃盗症、窃盗癖、病的窃盗)の有病率は万引きで逮捕された人の4~24%とみられています(浅見・野村・田中・嶋田,2017)。

クレプトマニアの男女比は男性:女性=1:3となっています。

 

クレプトマニアは摂食障害(一般的に患者の90%が女性)との関連も指摘されていることもあり、男性よりも女性の方が多いと考えられます。

原田(2018)が報告した摂食障害患者の事例によると、患者は「吐いてしまうものを買うのがもったいない」「いくら食べても吐いてしまうので、お金を節約したい」と供述しています。

つまり、どうせ吐いてしまう食品にお金を払うのはもったいない、という意識が摂食障害がクレプトマニアと関連する要因の一つだと考えられます。

 

【摂食障害に関する記事はこちら】

 

クレプトマニアになる原因

クレプトマニアの発症には、行動の依存に関連する神経伝達物質の経路が影響していると考えられています(*APA,2013)。

窃盗をすることで脳内では、「もしかしたら見つかるかも」という緊張感によって神経伝達物質のノルアドレナリンが分泌され、また、窃盗が成功すると快楽物質であるドーパミンが分泌されます。

これはギャンブル依存や買い物依存などの行為依存と同じ脳内の生理学的な働きです。

そして、窃盗を行う人の多くが窃盗をすることで、快感を感じていることから、ストレス発散の効果があることも指摘されています(原田,2018)。

 

実際、クレプトマニアの人の中には、元々は経済的な理由から窃盗をしていましたが、経済的に困らなくなってからも、何らかのストレスがかかると、窃盗をしてしまうという方もいます。

また、機能不全の家族で育ったり、トラウマ体験が多かったなどの背景を持つ方も多いようです。

1990 年代以降になってようやく、クレプトマニアを「精神疾患」として考え始められ、本格的に科学的な研究が行なわれ始めたこともあり、分からない部分が多いのが現状です。

 

用語解説
APA-アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)の意。

クレプトマニアに対する治療法

クレプトマニアの治療法に関しては、以下の3つが挙げられる。

  1. 自助グループへの参加
  2. 薬物療法
  3. 認知行動療法

治療法①自助グループへの参加

自助グループ(Self Help Group)とは、何らかの障害・困難や問題、悩みを抱えた人が同じような問題を抱えている個人や家族と共に当事者同士の自発的なつながりで結びついた集団のことです

その問題の専門家の手にグループの運営を委ねるのではなく、あくまでも当事者たちが独立して進めていくというのが特徴的です(Wikipedia,自助グループ)。

 

クレプトマニアの人は自分が精神疾患であるという自覚が無く、自分だけで何とかしようと考えてしまい、身近な人や専門の医療機関などに相談できないまま悩み続けることもあります。

また、犯罪でもあるため社会的に孤立したり、相談しずらいという性質があるため、延々と万引きを繰り返してしまう人も多いです。

そこで、同じ症状で悩んでいるグループの中で、誰にも言えなかった胸の内を他のメンバーに話せたり、「自分の心の痛みを理解してもらう」という体験は貴重であり、症状の改善に一定の効果があると考えられています。

治療法②薬物療法

クレプトマニアの薬物療法においては、強迫症 ・強迫性障害やうつ病に効果がある「選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)」や、依存症に効果がある「オピオイド拮抗薬」などが使用されており、窃盗の衝動性の低減に有効であるとされています(Grant & Odlaug, 2008)。

 

オピオイド拮抗薬(ナルトレキソン)を投与したGrant etal.(2009)の*二重盲検比較試験研究では、プラセボ(偽薬)を投与した群よりも、オピオイド拮抗薬を投与した群の方が有意に窃盗の衝動が低下し、窃盗症の症状が改善しました。

 

用語解説
二重盲検比較試験研究-特に医学の試験・研究で、実施している薬や治療法などの性質を、医師(観察者)にも被験者にも秘密にして行う研究法。プラセボ効果や観察者バイアスの影響を防ぐ意味がある(Wikipedia,二重盲検法)。

治療法③認知行動療法

クレプトマニアが体験する「窃盗」を機能的に分析すると、「先行刺激」である窃盗対象によって窃盗の衝動が引き起こされ、対象物品を盗むという窃盗「行動」が発現します。

その窃盗行動は、直後に快感情の出現、あるいは不快感情の消失といった本人にとって望ましい「結果」が得られることで強化され行動の生起頻度が増えます(浅見ら,2017)。

 

認知行動療法的アプローチでは、窃盗行動を行なわないようにするために、窃盗行動と同じ機能がある「代替行動」となる適応的な行動を行なうように移行させていくことが必要である。

つまり、窃盗行動によって引き起こされる「快感情の出現」と「不快感情の消失」を窃盗行動ではなく、別の行動へと移行させるということです。

 

レスポンデント条件づけ理論(狭義の行動療法)に基づく介入としては、潜在的感作や系統的脱感作法なども用いられるようになっており、窃盗対象によって引き起こされる衝動が生起しても窃盗行動につながらないように再学習することが有効とされている(Grant, 2006)

 

Keutzer(1972)のレスポンデント条件付けを行った研究では、窃盗症患者が主観的な窃盗の衝動と客観的な窃盗行動についてセルフモニタリングをし、窃盗の衝動が起こった際に苦しくなるまで息を止める嫌悪条件づけを行なったところ、クレプトマニアの症状が改善したことを報告しています。

ただし、治療の場において再学習されても、環境を変えると再学習の効果が出ないことがあることから(Martin, LaRowe, & Malcolm, 2010)、環境要因が大きく影響していることが想定される窃盗症において、その効果は限定的であるとも考えられます。

 

レスポンデント条件付けや系統的脱感作法に関してはこちらの記事をご覧ください。

 

【コラム】万引き犯は「ブースター」と「スニッチ」の2つのタイプがいる

窃盗として検挙される犯罪の大半が「万引き」であり、日本では最も多い犯罪の一つです。

キャメロン(Cameron,1964)によると、万引き犯には「ブースター」と「スニッチ」の2つのタイプがいます。

ブースター(boosters)とは、注意深く計画的に万引きを行うスキルを持った犯人で、盗んだものはあらかじめ選定してあったフェンス(fence)とよばれる盗品買い受け人を通して、すぐに現金化します。

一方、スニッチ(snitch)とは、計画性がなく、個人的な動機に基づいて窃盗を行うアマチュアです。個人的な動機には以下のようなものがあります。

  • 商品が欲しいけどお金がない
  • 商品を買うお金はあるが、節約がしたい
  • 非行に伴う度胸試し
  • 犯行の際に得られるスリルを体験するため
  • 欲しいものがあると我慢できずに盗んでしまう衝動制御不全型

万引き犯の大半はスニッチです(越智,2012)。

 

【依存症関連の記事】

【引用文献】

浅見 祐香 ・野村 和孝 ・田中 佑樹 ・嶋田 洋徳(2017).認知行動理論に基づく窃盗症の理解―研究動向および今後の展望―  早稲田大学臨床心理学研究 , 17, 85-94

越智 啓太(2012)犯罪心理学 サイエンス社

Cameron, M. O. (1964)The booster and the snitch : Depatment store shoplofting.Free Press

Grant, J. E., Kim, S. W., & Odlaug, B. L. (2009).A double-blind, placebo-controlled study of the opiateantagonist, naltrexone, in the treatment ofkleptomania. Biological Psychiatry, 65, 600‒606.

Grant, J. E., & Odlaug, B. L. (2008).Kleptomania:Clinical characteristics and treatment.RevistaBrasileira de Psiquiatria,30,511‒515

Keutzer, C. S. (1972).Kleptomania: A direct approach to treatment. British Journal of Medical Psychology,45, 159‒163

佐藤 伸一郎・竹村 道夫(2013).摂食障害患者における窃盗癖―回復途上者へのインタビューを通して,その病態と治療の有効性を検討する― アディクションと家族,29,60‒67

原田 和明(2018)常習累犯窃盗のある人への福祉的支援についての一考察―万引きを繰り返す女性への支援を中心に― 豊岡短期大学論集, 15, 213~220

Martin, T., LaRowe, S. D., & Malcolm, R. (2010).Progress in cue exposure therapy for the treatment of addictive disorders: A review update. The Open Addiction Journal, 3, 92‒101

 

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