

不眠症に悩む人の多くが、こんなモヤモヤを抱えています。
実は、不眠症の治療がうまくいっているかどうかを「夜の睡眠時間」だけで測るのは不十分かもしれません。
この記事では、米メリーランド大学医学部の最新研究をもとに、「日中の機能(昼間の眠気・集中力・気分)」こそが治療評価のカギであること、そしてスマホを使ったリアルタイム評価がなぜ有効なのかを、わかりやすく解説します。
そもそも、不眠症の治療効果は何で判断する?
これまでは主に「夜どれくらい眠れたか」で判断してきましたが、それだけでは不十分だとわかってきました。
不眠症とは、夜の寝つきや睡眠の質のトラブルが、昼間の生活に支障をきたす状態のこと。
つまり、眠れない問題と日中に起きる不具合がセットになったものです。
日本では、成人のおよそ9人に1人が慢性的な不眠に悩んでいるとされ、放っておくと疲労感や集中力の低下だけでなく、糖尿病や心臓の病気のリスクが高まることも知られています。
ところが、治療がうまくいっているかを評価するとき、従来はおもに「睡眠時間が延びたか」「夜中に目が覚める回数が減ったか」といった夜の指標に注目しがちでした。
患者さんが本当に困っているのは、むしろ「昼間のだるさ」や「頭が働かない感じ」なのに、そこが評価から抜け落ちていたのです。
ここで言う「日中機能」とは、昼間に頭や体がどれだけ快調に働くかのこと。
たとえば、会議中に眠気と戦わずに済むか、午後も集中して仕事や家事ができるか、イライラせず穏やかに過ごせるか、こうした「昼の調子」そのものです。
スマホでのリアルタイム評価は、なぜ治療効果を鋭敏に捉えられた?
スマホでのリアルタイム評価によって、「その場・その時」の昼の調子を1日4回スマホに記録することで、後から思い出す質問紙では見逃していた細かな変化を捉えらることができました。
2026年1月、米メリーランド大学医学部の研究チームが医学誌『JAMA Network Open』で発表した研究が、この点を実証しました。
研究の概要は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
| 対象者 | 慢性不眠症のある60〜85歳の高齢者 40名 |
| 方法 | 睡眠薬スボレキサント、またはプラセボ(偽薬)を16晩服用。両群ともスマホアプリで日中の不眠症状を1日4回、その場で記録 |
| 比較対象 | 従来型の質問紙(治療の前後に、過去を振り返って回答する) |
| 記録の完了率 | 全アンケートで93.3%(使いやすく、続けやすいことを示す) |
この研究で使われたのが「経験サンプリング法(EMA:Ecological Momentary Assessment)」という手法です。
難しそうな名前ですが、要は「今この瞬間の状態を、その場でスマホにメモする」やり方のこと。
たとえば、家計簿を月末にまとめて思い出して書くのではなく、買い物のたびにアプリでサッと記録する感じです。
後からまとめて思い出すより、ずっと正確に実態を反映できます。
結果はとても示唆的でした。
従来の質問紙では、薬を飲んだ群とプラセボ群のあいだに「日中症状」の差は見つけられませんでした。
ところがスマホ評価では、時間帯ごとの細かな違いがはっきり見えたのです。
- スボレキサントを飲んだ群は、朝は逆に疲労感が強かったが、午後〜夜には疲労感が軽くなった。
- 頭の冴えは、朝のうちは低めだったが、日が進むにつれて通常レベルに戻った。
- 気分については、4つの時間帯すべてでプラセボ群よりやや低めだったが、統計的にはっきりした差ではなかった。
つまり「効いた・効かない」の一言では片づけられない、時間帯ごとの効果のムラまで見えてきたわけです。
これは、後から振り返るだけの質問紙では決して拾えなかった情報でした。
研究の責任著者であるエマーソン・ウィックワイア博士は、以下のように述べています。
睡眠を改善するだけでは不十分。患者さんが最も重視する日中の機能を、どれだけ良くできるかを見極める必要がある。
「睡眠時間さえ延びれば治療成功」と思っていませんか?
睡眠時間が延びても、日中の調子が悪いままなら、その治療は「成功」とは言いきれません。
ここでよくある誤解を3つ取り上げ、先回りして解消しておきます。
誤解1:「長く眠れれば不眠症は治ったと言える」
睡眠時間は大切な指標ですが、ゴールではありません。
たとえ、7時間眠れても、日中ずっと眠くてぼんやりしているなら、生活の質は改善していないからです。
本当に取り戻したいのは「昼間を気持ちよく過ごせること」ですよね?
だからこそ、日中機能を評価軸に加える意味があります。
誤解2:「薬を飲めばその日からスッキリするはず」
今回の研究が示したように、薬の効果は時間帯によってムラがあります。
朝はだるく感じても、午後には軽くなる、というケースもありました。
一日の中での効き方の波を知っておくと、「朝のだるさ=薬が合わない」と早合点せずに済みます。
気になる症状は時間帯までメモして、医師に相談するのがおすすめです。
誤解3:「自分の調子は、後から思い出せば正確にわかる」
人の記憶は意外とあてになりません。
1日の終わりに「今日はどうだったか」を振り返ると、印象に残った一場面に引きずられがちです。
だからこそ、その場でこまめに記録する経験サンプリング法が力を発揮します。
日中機能の評価は、CBT-Iなど他の治療にもどう活きる?
CBT-I(不眠症の認知行動療法)とは、睡眠薬に頼らず、考え方のクセや睡眠に関わる生活習慣に働きかけて不眠を改善していく治療法です。
米国内科学会や欧州睡眠学会のガイドラインでは第一選択の治療として推奨されています。
報告によっては、慢性不眠症の患者さんの約7割が改善に至り、治療開始時に睡眠薬を使っていた人の約8割が減薬に成功したというデータもあります。
このCBT-Iの効果を測るときにも、「夜の睡眠」だけを見ていては、もったいないことになります。
労働者を対象にした研究では、CBT-Iによって、うつ症状・不安・疲労が有意に軽くなったことが報告されています。
これらはまさに、日中の機能に関わる変化です。
今回のメリーランド大の研究は、こうした日中の変化を、スマホで鋭敏かつリアルタイムに捉えられる可能性を示したと言えます。
今回の研究は、スマホによる経験サンプリング法を、睡眠の臨床試験で「効果の評価指標」として組み込んだ初めてのランダム化比較試験でもあります。
研究者は、将来は不眠症だけでなく、睡眠時無呼吸症候群や日中の過度な眠気といった他の睡眠障害の評価にも、ウェアラブル端末やスマホを活用すべきだと指摘しています。
患者さん一人ひとりに合わせた「オーダーメイドの睡眠医療」へ近づく一歩です。
【CBT-Iに関する記事】
自分でできること:日中の調子を記録してみる
専門的な評価は医療機関の役割ですが、考え方は日常にも応用できます。
次のような簡単な記録を、1日数回スマホのメモに残してみましょう。
- 時刻(例:朝・昼・夕・寝る前)
- 眠気の強さ(10段階など)
- 集中できているか(できた/ふつう/できない)
- 気分(穏やか/普通/イライラ・落ち込み)
数日分たまったら、夜の睡眠の記録と並べて眺めてみてください。
「よく眠れた翌日は昼の集中が高い」「ある時間帯だけ調子が落ちる」といったパターンが見えてくることがあります。
これを受診時に医師へ見せれば、治療の見直しにとても役立ちます。
さらに実践したい人へ
ここまでの内容を、無理なく日々の習慣に取り入れたい人に向けて、役立ちそうな選択肢を淡々と紹介します。
あくまで補助的な道具なので、気になるものがあれば検討する程度で十分です。
睡眠と日中の活動を自動で記録したい人には、睡眠スコアや活動量を計測できるスマートウォッチや睡眠リング(スマートリング)という選択肢があります。
手で記録する手間が省け、夜の睡眠と昼の活動量を一画面で見比べやすいのが利点です。手首が苦手な人は指輪型のスマートリングが向いています。
「薬に頼らずに不眠を見直したい」と考えている人には、CBT-I(不眠症の認知行動療法)をセルフで学べる入門書が参考になります。
考え方のクセや睡眠習慣の整え方を体系的に学べます。
まとめ:不眠症治療は「昼の調子」で評価する時代へ
最後に、この記事の要点を整理します。
- 不眠症の治療効果は「夜の睡眠時間」だけでは測りきれず、日中の眠気・集中力・気分といった「日中機能」が評価のカギになる。
- 米メリーランド大の研究で、スマホによるリアルタイム評価(経験サンプリング法/EMA)が、従来の質問紙より治療効果を鋭敏に検出できた。
- 記録の完了率は93.3%と高く、使いやすく続けやすいことも示された。
- この考え方は、第一選択の治療であるCBT-I(不眠症の認知行動療法)を含む、あらゆる不眠治療の効果測定にも応用できる。
- 自分でも、1日数回「眠気・集中・気分」をスマホに記録すれば、治療の手がかりになる。
もし今、睡眠薬や治療の効果に迷いを感じているなら、次の受診までの数日間、「昼の調子」をその場でメモすることから始めてみてください。
あなたが本当に取り戻したいのは、ぐっすり眠ることそのものよりも、すっきりとした昼間の時間のはずです。
その実感こそが、治療がうまくいっているかの一番確かなものさしになります。
【出典】
原著論文:Emerson M. Wickwire, PhD Smartphone-Based Real-Time Assessment of Daytime Insomnia Symptoms With SuvorexantA Randomized Clinical Trial JAMA Network Open Published Online: January 5, 2026
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