心理学の実験で起こる特有の問題。実験者が注意すべきこととは?

 

心理学の実験では、理科室で行われる試験管などを使った実験にはない問題がいくつか存在します。

 

それは心理学の対象は主に人間であり、実験で調べることも記憶力・やる気・誠実さなどの直接、目で観察できない構成概念だからです。

 

構成概念とは、実際には存在していないけど、ある行動をとるのはそのためだと説明するのに作り上げられた概念です。

 

例えば、やる気(モチベーション)。

実際に僕たちの身体に「やる気スイッチ」があって、それをオン・オフすることでやる気をコントロールしている訳ではありませんよね?

学業や仕事などにどれくらい取り組んでいるか、を説明するのに「やる気がある」「やる気がない」と実際には存在しない「やる気」という概念を作り出して使っているだけです。

 

「やる気」についてはこちらの記事をご覧ください。

 

実際には存在しないもので直接観察できないので、心理学の実験では被験者に質問をしたり、被験者の言動を観察することで構成概念を調べようとします。

ただ、被験者が実験という特別な環境でいつもとは違うことをするかもしれないですし、空気を読んで「良い被験者」になろうとすることもあります。

そういった心理学の実験で起こる特有の問題を解説していきます。

 

心理学の実験で起こる特有の問題。実験者が注意すべきこととは?

心理学の実験で起こる特有の問題として、観察反応というものがあります。

観察反応は反応性とも呼ばれ、被験者が「自分の行動や心が観察されている」と自覚することで、普段とは違う反応を示すという問題です。

この観察反応の具体的な問題として「要求特性」「実験者効果」と人を対象にするが故の倫理上の問題について解説していきます。

要求特性~「良い子」「良い被験者」になろうとする~

要求特性とは、実験という特別な環境の中で生じる、ある特定の反応を被験者に求める圧力のことです。

人々は実験の被験者になると、自然に反応するのではなく、その研究・実験者が求める通りに行動しようとするのです。

 

例えば、高校生に「あなたはお酒を飲んだことがありますか?」という記銘欄つきのアンケート用紙を先生から配られたとします。

マインドパレッサー
この場合、正直に答える生徒は果たして何人くらいいるでしょうか?

おそらく、たとえお酒を飲んだことがあったとしても、ほとんどの生徒は「いいえ」と答えると予測できます。

なぜなら、人は誰かから見られているときには「良い子」「良い被験者」になろうとするからです。

被験者は自分の本当の意見や行動を示さずに、社会的に望ましい意見や行動を示しやすいのです。

実験者効果~研究者の期待が実験結果に影響を及ぼす~

科学者たちは主観ではなく客観的な視点で、確かな証拠を持って自分が立てた仮説を実証していきます。

しかし、科学者とて人間です。

一人の人間である科学者にも、感情や欲求、希望や先入観があります。

ましてや、自分が苦労して考え出した仮説を大変な思いをして実施している実験のデータによって、証明できることに期待をするな!というのは、酷な話でしょう。

このような研究者が抱く期待は、さまざまな形で実験に影響を与えます。

 

この影響のことを実験者効果と呼びます。

 

研究者はプロですから、自分の仮説を立証したいからって、“意図的に”実験に影響を及ぼすということはしません。(一部の悪い人はしますが。笑)

 

多くの場合は、研究者が自ら実験を行う際に研究者の期待が、“無意識的に”実験に影響を与えてしまうのです。

 

それは例えば、研究者のちょっとした言葉遣いであったり、視線・話の間など些細なことです。

 

先ほどの要求特性のところで触れましたが、実験の被験者はなるべく「よい被験者」になろうとする傾向があります。

 

良い被験者
研究者は自分に何を求めているんだろう?この実験ではどんな反応をするのが正解かな?

 

と自分が置かれている状況を分析したり、研究者の微妙な言動にも敏感に反応するため、実験結果も歪んでしまうことがあるのです。

 

研究者は実験の妥当性を上げるために、なるべく期待やバイアスを実験に持ち込まないようにしないといけません。

 

倫理上の問題~人間を対象とする難しさ~

心理学の実験では、被験者に苦痛やストレスを与えたり、被験者のプライバシーに踏み込んだりしなければならないことがあります。

 

実験の目的が科学的知識の追求とその知識に基づいた人間の福祉の増進のためとはいえ、一人の人間の人権を一時的にでも犯すことが無条件で許される訳ではありません。

 

人間を対象にする実験だからこそ、被験者にあまり負荷を与えないように実験内容を工夫したり、実験前に被験者に承諾をもらったり、実験後に被験者の不安を除去するなどのケアが必要になります。

 

例えば、研究者が「子どもは暴力的な番組を観ることで、暴力をふるうようになるのか?」を調べるとします。

実験の手順としては、子どもに暴力的な番組を見せた後で暴力をふるうようになるのかを調べる訳ですが、実際の子どもと対峙させて暴力をふるうか確認するのが大問題なのは言うまでもありません。

 

こういった実験では、実際の人間の代わりにぬいぐるみやビニールの人形を用意し、暴力をふるうか確認します。

 

しかし、ここで新たな問題が生じます。

果たして、ぬいぐるみやビニールの人形に暴力をふるうことが「暴力をふるうようになる」ということの証明になるのかです。

 

マインドパレッサー
あなたはビニールのボールを蹴ったり、叩いたりする行動は暴力的だと思いますか?

 

おそらく、多くの方は「そうは思わない」と答えると思います。

 

では、ビニールの人形に暴力をふるうのは?

ビニールの人形に暴力をふるったからって、実際に人間にも暴力をふるうとどうやって証明しますか?

 

この場合は、実際には存在しない「暴力性」という構成概念を調べようとしているので、様々な工夫が必要ですし、妥当性の問題も出てくるのです。

 

問題の解決策

このように心理学の実験には特有の問題がいくつか存在します。

 

では、研究者たちはどのようにしてこれらの問題を乗り越えているのか。

それぞれの問題の対策をご紹介します。

 

要求特性の対策

要求特性をの被害を最小限に抑えるのに、「ディセプション」という方法があります。

ディセプションは被験者に実験の本当の目的を伝えずに、いかにそれらしい偽の目的や仮説を伝えるという方法です。

 

「報酬があれば人はやる気が上がるのか?」という人の内発的動機を調べる実験を行うとします。

報酬が学習に及ぼす効果を調べる実験」と称して大学生を集め、立体パズルを3日間にわたって解いてもらいました。

大学生はグループAとグループBに分けられました。

 

1日目は両グループとも特に何も言わずにパズルを解いてもらいます。

2日目はグループAに「パズルが解けるにつき、1ドル報酬を与える」といい、グループBには何も言いません。

3日目はグループAに「今日は報酬を用意していない」と告げます。

被験者の大学生は要求特性によって「良い被験者」になろうと実験の仮説を想像します。

 

多くの大学生は「報酬を与えられた方が、報酬を与えられないよりも、長い時間パズルに取り組む」という仮説を想像します。

 

しかし、研究者が調べていたのは「実験の間にどれだけパズルに取り組んでいるかではなく、実験と実験の間の休憩時間にどれだけパズルに取り組んでいるか」でした。

 

このように、本来の実験の目的とは違う目的を教え、要求特性の影響を少なくすることが出来ます。

ただ、被験者を騙すことになり、倫理上の問題が絡んでくるため、注意が必要です。

 

内発的動機づけに関してはこちらの記事をご覧ください。

実験者効果の対策

実験者の期待が実験結果を歪めてしまう「実験者効果」を軽減するためには、「無知手続き」があります。

 

これは目的や仮説をもって実験を企画する研究者が実験を行うのではなく、実験の目的などを聞かされていない人に実験を行ってもらうというものです。

 

無知手続きはよく新薬の効果を確かめる際に使われます。

新薬の効果を確かめる試験では、被験者に新薬とブドウ糖などの人体に影響のない偽薬(プラシーボ、プラセボ)を与えて、偽薬と比較したときに有意に新薬の効果があるのかを調べます。

 

もし新薬を開発した人が実験者を兼ねてしまうと、

薬の開発者
苦労して完成させた薬の効果を証明したい!

という期待、希望が薬の置き方、視線など何らかの形となって現れ、結果に影響を与えてしまう可能性があります。

 

そこで、薬の効果もどちらが新薬でどちらが偽薬なのかも知らない人を実験者に採用することで、この実験者効果をなくすことが出来るのです。

 

倫理上の問題の対策

心理学者は実験によって、被験者が被るであろう身体的・精神的なあらゆるストレス・苦痛から被験者を保護し、リスクを最小限に抑えなけらばいけません。

そのため、研究者は創造力を総動員して実験を工夫し、被験者のリスクを軽減する必要があります。

 

また、心理学者は被験者がその実験に参加するかどうかを決めるのに影響するあらゆる情報を説明し、被験者が自ら同意して自発的に実験に参加することを保証しなければいけません。

被験者の自由意志で実験に参加してくれることになっても、「嫌になったら、いつでも実験を中止できる」ということも強調しておく必要があります。

 

そして、実験終了後は被験者に対して、実験の手続きの概要、目的を説明し、実験で被験者が抱いた疑念やストレスなどを除去しなければいけません。

 

まとめ

人を対象としていて、なおかつ実際には存在しない構成概念を扱う心理学ならではの問題がたくさんあることが分かったと思います。

 

心理学者たちは自分が持っている知識・創造力をフル活用し、

 

  • どうしたらなるべく被験者に負担をかけずに済むか?
  • この実験手続きで調べようとしている構成概念を測れているのか?
  • 倫理上の問題は大丈夫か?
  • 自分の期待は入らないだろうか?

 

などの課題に取り組まなければいけないのです。

 

そして、人々や社会の期待に応えていくのです。

 

あわせて読みたい

 

参考文献

 

▼このブログを応援する▼
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 臨床心理士へ
にほんブログ村

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUT US
tetsuya
北海道在住の35歳。 元ホテルマン。30歳で一念発起して、大学に入り直し、心理学を学ぶ。医療機関で実務経験を積んだのち、公認心理師を取得。月に10冊以上本を読んだり、論文を読み漁ったりして得た知識をブログでシェアします。