記憶は不思議なものです。
「一昨日のお昼に何を食べたか」という直近のことは覚えていなくても、「小学生の頃の楽しい思い出」という大昔のことを鮮明に思い出せるということが起こります。
こういった疑問を解決するため、この記事では記憶の種類について解説していきます。
記憶の種類をスクワイアの記憶分類で分かりやすく解説
アメリカの心理学者スクワイアは記憶を以下のように分類しました。
彼の唱えた「スクワイアの記憶分類」は現在、最も一般的な記憶の分類法となっています。
【記憶の保持時間での分類】
- 短期記憶
- 長期記憶‐エピソード記憶、意味記憶、手続き記憶、プライミング記憶
【意識的に思い起こして語ることができるかどうかでの分類】
- 潜在記憶‐意味記憶、手続き記憶、プライミング記憶
- 顕在記憶‐短期記憶、エピソード記憶
それでは、これらの記憶の内容を一つずつ解説していきます。
短期記憶とは?
短期記憶(英語:short‐term memory)とは、比較的短い時間だけ保持される記憶のことです。
脳科学者によってその保持時間は多少異なりますが、一般的に30秒~長くても数分程度まで保持される記憶のことをいいます。
音階や曜日が7つである理由
一度に記憶できる個数が限られているのが、短期記憶の大きな特徴です。
その数はおよそ7個ですが、訓練すれば9個くらいまで覚えることができます。
短期記憶に大きな個人差はなく、大半の方は5~9個(7±2)だと言われています。
この「7」という数字はアメリカの心理学者ミラーが発見したもので、「マジカルナンバー7」として知られています。
実は「7」という数字は僕たちの身の回りに溢れています。
- ドレミファソラシの「音階」
- 日月火水木金土の「曜日」
- マンガ、ドラマなどの主要な「登場人物」
7以上の数字になると、人間の頭は混乱して覚えられなくなってしまうのです。
人は7以上の個数にならないように工夫もします。
よくある例が携帯電話の番号です。
11桁の電話番号は○○○○○○○○○○○ではなく、○○○ー○○○○ー○○○○という風に間にハイフンを入れて表記することが多いですよね。
このように、短期記憶の容量に収まるようにグループ化することを「チャンク化」といいます。
作業記憶(ワーキングメモリー)
作業記憶(working memory)とは、計算途中の数値や文章を読んでいるときの関連情報のように、必要な記憶や情報を一時的に留め置き、情報処理を行うシステムのことです。
作業記憶はよく「机の上」に例えられます。
絵を描こうとしたら、机の上に紙や絵の具、パレットなどの必要なものを並べますが、絵を描き終わったら片付けます。
つまり、作業記憶は必要なときに必要な分の記憶を一時的に留め置いていて、作業を行うシステムのことです。
作業記憶は短期記憶の一部です。
作業記憶が「机の上」だとしたら、短期記憶は「机そのもの(引き出しの中身)」です。
【作業記憶に関する他の記事】
長期記憶とは?
短期記憶は30秒~数分間だけ保持している記憶ですが、長期記憶(long-term memory)はそれよりも長く、数日、数年、ときには一生覚えている記憶もあります。
長期記憶の中でも、意味のない数字・文字の羅列などは忘れるのが早く、感情が揺さぶられるような衝撃的な体験などは忘れにくいとされています。
感情を揺さぶられるような体験を忘れにくいのは、そういった体験は生きていくために重要な情報だということと、感情を司る「扁桃体」と記憶を司る「海馬」の位置が近いのが理由ではないかと考えられています。
長期記憶は「エピソード記憶」「意味記憶」「プライミング記憶」「手続き記憶」に分けられます。
エピソード記憶
エピソード記憶(episodic memory)とは、いつ・どこで・何をしたという過去の経験や出来事に関連した記憶のことです。
エピソード記憶は1972年にカナダの心理学者であるタルビングによって分類されました。
「高校の修学旅行で奈良・京都・大阪・広島に行った」という記憶といった自分が経験した出来事に関する記憶です。
エピソード記憶には、出来事の内容に加えて、周囲の環境・時間・空間的な情報・身体の状態・心理状態のような出来事に付随する情報も含まれます。
上の例でいうと、
- 奈良公園に行ったときは晴れてた
- 京都は人がたくさんいた
- 大阪では食べ過ぎて胃がもたれた
- 広島の原爆ドームいったときは複雑な気持ちになった
のような記憶もエピソード記憶です。
意味記憶
意味記憶(semantic memory)とは、過去の経験や出来事とは関係のない抽象的な「知識」のことです。
「1192年に鎌倉幕府ができた」「タイは魚だ」「トンネルを抜けると雪国がある」といった学校で習ったこと、本で読んだ内容などは意味記憶です。
どんな知識でも始めは何らかの状況のもとで脳に保管されますが、その状況が消えて「知識」だけが残って意味記憶となるのです。
言い換えると、記憶をインプットした時点に関する時間的・空間的な情報とは切り離されて、内容のみを想起する記憶です。
プライミング記憶
プライミング記憶(priming memory)とは、1980年代という割と最近、発見された記憶で「入れ知恵記憶」とも呼ばれます。
プライミング記憶は説明するのが、難しいので代わりに一つの実験をしたいと思います。
これからアメリカが生んだアニメヒーロー「ポパイ」と、ポパイが食べる「ホウレンソウ」に関する文章を読んでもらいます。
ポパイが恋敵のブルートをなぎ倒すさまは我々に心地よい快感を与えてくれる。ポパイがブルートより圧倒的に体格が劣っているため、さらに我々の同情感を誘う。
ほうれんそうを食べて怪力になり、それまではまったく歯が立たなかったブルートから逆転勝利を収めるなじみのパターンも見ている者に安心感を与える。
さて、ポパイの力の源であるほうれんそうが実際に高い栄養価をもつことは周知の通りであるが、このアニメの影響力は絶大で、当時ポパイを見ていた成長盛りの子供たちが積極的にほうれそんうを食べるようになったということが報告されている。
引用:「記憶力を強くする」池谷裕二 BLUE BACKS
気が付きましたか?
一部、文章がおかしなことになっているのを。
文章中に「ほうれんそう」という言葉は3回でてきますが、最後のは「ほうれんそう」ではなく、「ほうれそんう」と書かれていたのです。
うっかり、「ほうれんそう」と呼んでしまった人も多いはず。
これはあらかじめ「ポパイとホウレンソウ」の話であることを意識していたため、似たような文字の羅列を都合よく脳が解釈したのです。
つまり、最後の「ほうれそんう」という意味を成さない文字の羅列を読むときに、それまでに出てきた「ほうれんそう」という言葉を記憶していて、自分の意識よりも先にその記憶が文字の羅列を認識したのです。
このように無意識のうちに行われる記憶をプライミング記憶と呼びます。
手続き記憶
手続き記憶(procedural memory)とは、スキル、手続き、ノウハウといった一般的には「体で覚える」と言われる記憶のことです。
- 自転車の乗り方
- 服を脱いだり、着たりする方法
- 楽器の弾き方
といった記憶です。
感覚記憶とは?
感覚記憶(sensory memory)とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の各感覚器官に1~2秒だけ保持される記憶です。
感覚記憶のうち、意識が向けられた記憶だけが短期記憶になりますが、それ以外の記憶はすぐに失われます。
人は目を開いていれば、外からの情報が否応なく入ってきますが、「おっ花が咲いてる!」など意識をしない限りは、大抵はすぐに忘れ去られていきます。
五感を通して入ってくる情報は膨大なので、脳がパンクしないように、重要な情報以外はすぐに忘れるようにできているのです。
潜在記憶と顕在記憶とは?
「突然ですが、何でもいいので過去のことを思い出してください」と言われたら、あなたは何を思い出しますか?
大半の方は、自分が過去に体験した楽しい思い出や悲しい思い出などのエピソード記憶だと思います。
「安倍晋三首相の前の総理大臣は野田佳彦さん」といった意味記憶を思い出した人はいないはず。
意味記憶は普段は脳に蓄えられているだけで、意識的に思い出すということはありません。
言い換えると、意味記憶を思い出すには「安倍総理の前の総理大臣の名前は?」などのきっかけが必要なのです。
このように、意識的に思い出すことのない、自己が介入しない記憶のことを「潜在記憶(implicit memory)」と言います。
一方、自分の経験が付随していて、意識にのぼってくる記憶のことを「顕在記憶(explicit memory)」と言います。
他には、意識的に宣言したり、議論したりできるかによって分ける「宣言的記憶(または陳述記憶)」と「非宣言的記憶(非陳述記憶)」という分類もあります。
宣言的記憶(または陳述記憶)‐エピソード記憶、意味記憶
非宣言的記憶(または非陳述記憶)‐手続き記憶、プライミング記憶
記憶には階層がある!?
記憶は「階層」に分かれています。
この考え方はカナダの心理学者タルビングによって提唱され「記憶システム相関」と呼ばれています。
下の層にいくほど、原始的で生物が生きていくのにとても重要な記憶で、上の層にいくほど、高度な内容をもった記憶です。
この記憶の階層は生物の進化の過程をよく表しています
進化論上で下等な動物ほど下の階層の記憶がよく発達していて、高等な動物になるほど上の階層の記憶が発達しています。
また、この階層は人間の成長過程にも当てはまります。
子どもから大人へ成長するにつれて、最も早く発達するのが「手続き記憶」、次に発達するのが「プライミング記憶」→「意味記憶」→「短期記憶」、一番遅れて「エピソード記憶」と風に下の階層から上の階層へと発達していきます。
3,4歳くらいまでの思い出があまりない理由
あなたが思い出せる一番古い記憶はなんですか?
おそらく3,4歳ころの幼稚園や保育所での思い出ではないでしょうか。
それより前となると、親に子どもの頃の写真を見せてもらってもイマイチ、ピンときませんよね。
これは「幼児健忘症」という現象で、3,4歳ころはまだエピソード記憶があまり発達していないことが原因で起こります。
これが年をとると勉強した内容がなかなか頭に入らない理由
10歳ころまでは「意味記憶」が発達していて、それ以降は「エピソード記憶」が優勢になっていきます。
学生の頃は教科書で勉強したことや本で読んだ内容は割とスイスイ頭に入ってきます。
しかし、大人になってから同じことをしようとすると全然頭に入らなくてイライラした、なんて経験ませんか?
それは意味記憶よりもエピソード記憶が優勢になったからなのです。
番外編:自己に関する記憶「自伝的記憶」「展望記憶」
自己に関する記憶は、自分の人生や自己知識などの過去方向の記憶である「自伝的記憶」と、将来の予定や計画などの未来方向の記憶である「展望記憶」に分けられます。
自伝的記憶とは、過去の出来事のうち、特に自分自身に関わる記憶のことです。
純粋なエピソード記憶だけではなく、意味記憶に分類されるような自分に関する知識も含まれます。
つまり、エピソード記憶よりも、個人のアイデンティティにとって強い意味を持つ記憶といえます。
自伝的記憶は必ずしも正確とは言えません。
というのも、目撃証言などにおいて、質問に含まれる誤情報により記憶が変容することがあり、結果として偽りの記憶が形成されてしまう恐れがあるのです。
このように、オリジナルの記憶と事後の情報を混合してしまうことを事後情報効果と言います。
展望記憶とは、将来行おうとする活動や予定に関する記憶のことです。
例えば、帰宅後に洗濯をする、週末に気になるあの子とデートに行く、などが挙げられます。
まとめ
「記憶」は人間が生活をしていく上で基礎となるものです。
仕事をするにも、遊ぶのにも、人間関係を構築するのにも、記憶はとても大切です。
「人間を人間たらしめるもの」と言っても、過言ではありません。
そんな大切な記憶に関する理解が、この記事を読んで少しでも深まれば、幸いです。
この記事は東京大学大学院薬学系研究科教授の池谷裕二さんが執筆した「記憶力を強くする」を参考にしています。
控えめに言ってこの本はめちゃくちゃ面白いです!
この本は間違いなく「ホームラン本」だと断言できます。
脳科学について知識のない人のため、専門用語は避けてなるべく簡単な言葉で書かれています。
あなたのこれからの人生を変える「運命の本」になるかもしれません。
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