恋人といるのに、なぜか安心できない。
パートナーはいる。優しくもしてくれる。それなのに、心のどこかがずっと冷えている。
「どうせいつか嫌われる」と先回りして考えてしまう。
そんな感覚に、心当たりはありませんか?
2026年7月に発表された最新の研究が、その「理由」の正体をひとつ突き止めました。
キーワードは、「所属感」です。
この記事では、その研究が何を明らかにしたのかを、専門用語をかみくだいて紹介します。そして、そこから見えてくる「回復の道すじ」も一緒に見ていきます。
「心理的虐待」とは何か?
「心理的虐待(psychological abuse)」とは、一言で言うと、殴られてはいないけれど、心を削られ続けることです。
研究の世界では、次のような親のふるまいが「心理的虐待」に分類されます。
- 人前でわざと恥をかかせる
- 「お前はダメだ」と繰り返し否定する
- 存在しないかのように無視する(情緒的ネグレクト)
- 感情を出すと責める、あるいは笑いものにする
殴る・蹴るといった身体的な暴力とちがって、あざが残りません。
だから、本人でさえ「これは虐待だった」と気づかないまま大人になることが、とても多いのです。
研究者たちの間でも、身体的虐待や性的虐待にくらべて心理的虐待の研究は少ないままでした。
今回の研究は、その空白を埋めようとしたものです。
研究は何を調べたの?
トルコのネジメッティン・エルバカン大学の研究者ヤクプ・イメ氏が、学術誌『Personality and Individual Differences』に発表した縦断研究です。
縦断研究とは、同じ人を時間をあけて何度も調べる方法のこと。
1回きりのアンケートより、「原因と結果の順番」がずっと見えやすくなります。
研究の中身は、こうです。
| 項目 | 内容 |
| 対象者 | トルコ・コンヤの大学生 346人(女性213人・男性133人) |
| 年齢 | 20〜36歳(中心は25歳前後) |
| 調査時期 | 2月と5月の2回(3ヶ月間隔) |
| 測ったもの | 心理的虐待の経験/所属感/恋愛関係の満足度 |
3ヶ月あけて同じ人に同じ質問をし、その変化を追いかけました。
見つかったのは「所属感」という通り道
|そもそも所属感とは?
「所属感」とは、一言で言うと、「自分はこの世界に受け入れられている」という手ざわりの感覚です。
英語では belongingness(ビロンギングネス)と呼ばれます。
たとえば、こんな感覚のことです。
- 何かあったとき、連絡できる相手が何人か思い浮かぶ
- 集まりの中にいて、自分がそこにいてもいいと思える
- 誰かに「久しぶり」と言われて、うれしいと感じる
恋人一人との関係ではなく、社会全体に対する自分の居場所感を指します。
研究が示した3つのこと
分析の結果、はっきりした順番が見えてきました。
① 虐待歴が多い人は、そもそも所属感が低かった
1回目の調査の時点で、心理的虐待の経験が多い人ほど、「自分は受け入れられている」という感覚が弱いという結果が出ました。
② しかも、3ヶ月後にさらに下がっていた
これが重要なところです。
もともとの所属感の高さを統計的に差し引いてもなお、虐待歴のある人は3ヶ月後に所属感が追加で低下していました。
過去の傷が、いまも静かに削り続けている、ということです。
③ その低い所属感が、恋愛満足度を下げていた
1回目の時点で所属感が低かった人は、3ヶ月後の恋愛満足度が下がっていました。
つまり、こういう経路です。
子ども時代の心理的虐待 → 所属感の低下 → 恋愛満足度の低下
研究者はこれを「所属感が媒介している」と表現しています。
媒介とは、AとBをつなぐ橋渡し役のこと。
たとえば「雨が降る→道が濡れる→転ぶ」のうち、「道が濡れる」にあたる部分です。
橋渡し役が見つかったということは、そこに手を入れれば流れを変えられるかもしれない、ということでもあります。
「私が弱いからだ」と思っていた人へ
ここが、この研究のいちばん大事な部分かもしれません。
恋愛がうまくいかないとき、多くの人は自分を責めます。
「愛され方がわからない。」「自分が重すぎるんだ!」「性格に問題があるに違いない!」と。
でもこの研究が示しているのは、もっと手前の話です。
繰り返し否定されて育った人は、「どうせ拒絶される」と予測するようになります。
だから、傷つく前に自分から人と距離を取る。
その結果、社会的な支えのネットワークから離れてしまいます。
安心とつながりという、人間にとって基本的な栄養が足りない状態になるのです。
そして、その状態で恋愛に入る。
すると何が起きるか?
恋人一人に、すべての安心を背負わせることになります。
友人からも、職場からも、地域からも安心を受け取れていない。だから恋人に「私を丸ごと受け入れて」と求めてしまう。
それは重すぎる期待です。誰が相手でも、たいてい壊れます。
うまくいかない理由は、あなたの愛し方が下手だからではありません。
安心の受け取り口が、恋人一つしか残っていないからなのです。
では、どうすればいいのか?
研究者が指摘しているのは、シンプルですが見落とされがちな方針です。
カップルの関係だけを直そうとしない。社会的なつながり全体を回復させる。
安心の受け取り口を、恋人1つから、いくつかに増やしていくということです。
具体的には、こんな順番で考えてみてください。
ステップ1:「すでにある小さなつながり」を数える
ゼロから作ろうとすると、しんどくなります。
まず、いま自分にある接点を書き出してみましょう。
週1回行くカフェの店員さん。年に数回連絡する友人。SNSでゆるくやりとりする人。
意外と、ゼロではないはずです。
所属感は「深い関係が1つ」より、「浅い接点が複数」で育ちやすいことが知られています。
ステップ2:「頻度が読める場所」を1つ持つ
所属感は、たまたま会う人より、定期的に顔を合わせる場所で育ちます。
週1の習い事、月2回の勉強会、同じ時間帯のジム。
内容は何でも構いません。
大事なのは「また来週」があることです。
ステップ3:恋人に求めているものを、書き出して分ける
いまパートナーに求めていることを、紙に書いてみてください。
その中で「本当は友人でもいいもの」「本当は自分1人でも満たせるもの」があるはずです。
それを恋人の肩から少しずつ下ろしていきます。
ステップ4:つらさが強いときは、専門家の力を借りる
過去の虐待に触れると、当時の感情が強く戻ってくることがあります。
1人で掘り返そうとしないでください。
トラウマや愛着の問題を扱う心理職・医療機関に相談することは、弱さではなく、まっとうな手段です。
よくある3つの疑問
Q. 親を許さないと回復できないの?
A.いいえ。この研究は「許し」については何も言っていません。
扱っているのは、いまのあなたの所属感をどう育てるかです。
親との関係をどうするかは、それとは別の問題として、自分のペースで決めていい話です。
Q. 自分が受けたのが虐待だったのか、判断がつかない
A.線引きに悩む人はとても多いです。
判断のヒントは「強さ」より「繰り返し」にあります。
この研究でも、一度きりの出来事ではなく、発達期を通じて一貫して繰り返された親のふるまいが対象になっています。
そして、名前をつけられなくても構いません。
いま生きづらいなら、その事実だけで支援を求める理由になります。
Q. パートナーがこのタイプ。どう接すればいい?
A.「自分だけで支えよう」としないことです。
この研究の含意は、支え手を分散させるほうがうまくいく、というものです。
相手が家族以外の人間関係を持つことを、脅威ではなく助けとして応援してあげてください。
この研究の限界
いい研究ですが、万能ではありません。
読者として知っておきたい点が3つあります。
① すべて自己申告のアンケート
「よく見られたい」という気持ちが回答に影響した可能性があります。
② 3ヶ月という期間は短い
深く根づいた心理的な変化を追うには、数年単位の追跡が必要だと研究者自身も述べています。
③ トルコの1大学の学生サンプル
文化や教育制度のちがう国で同じ結果が出るかは、まだわかりません。
日本にそのまま当てはめるには慎重さが要ります。
また研究者は、所属感以外にも媒介役がいる可能性を指摘しています。
対人的な信頼、自尊心、感情のコントロール力などです。
つまり「所属感がすべて」ではありません。
わかっている通り道が1本増えた、というのが正確な受け止め方です。
さらに学びたい人・実践したい人へ
自分の内側で何が起きているのかを、もう少し体系的に知りたくなったら、日本語で読める入門書があります。
愛着(アタッチメント)の視点から、大人になってからの生きづらさを整理したいなら、岡田尊司『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』がわかりやすい一冊です。
専門用語が少なく、事例が多いので読み進めやすいと思います。
「言葉の暴力が脳に何をするのか」という科学的な側面を知りたい人には、友田明美『子どもの脳を傷つける親たち』が参考になります。
自分を責める癖がある人ほど、「これは自分の性格の問題ではなかった」と腑に落ちやすい内容です。
まとめ
- 子ども時代の心理的虐待(繰り返される侮辱・拒絶・情緒的ネグレクト)は、大人になってからの恋愛満足度の低さと結びついている
- その通り道は「所属感」=社会に受け入れられている感覚の低下だった(346人・3ヶ月間隔の縦断研究)
- 虐待歴のある人は、もともと所属感が低いだけでなく、3ヶ月後にさらに低下していた
- 恋愛がうまくいかないのは愛し方の問題ではなく、安心の受け取り口が恋人1つに絞られている状態かもしれない
- 対策はカップル関係の修復だけでなく、社会的なつながり全体を広げること
- ただしトルコの大学生サンプル・自己申告のみという限界がある
恋人との関係を良くしたいとき、私たちはつい恋人との間だけを見つめます。
でもこの研究が示したのは、少し外側に視線を上げるという選択肢でした。
来週、決まった時間に人と会う予定を1つ入れてみる。
まずはそこからで、十分です。
【出典】
- PsyPost「Childhood emotional abuse predicts lower romantic relationship satisfaction」(2026年7月30日)
- Yakup İme「How early psychological abuse predicts decreased relationship satisfaction via belongingness in adulthood: A longitudinal study」『Personality and Individual Differences』
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