うつ病の脳の変化を調べた新しい研究が注目されています。
この研究では、感情や考え方をコントロールする「顕著性(セイリエンス)ネットワーク」という脳の部分が、うつ病の人では健常者の2倍以上大きくなっている事がわかりました。
これにより、うつ病をもっと深く理解するための手助けとなる可能性を示しています。
この記事では、研究の概要と顕著性(セイリエンス)ネットワークが大きいとどんな影響があるのか、ぐるぐるとネガティブな事を考えてしまうのを止めるにはどうすればよいかなどを解説していきます。
【この記事を読んで分かること】
- うつ病の人は「顕著性ネットワーク」のサイズが通常の2倍以上に大きくなる。
- 通常の2倍以上大きいことでネガティブな感情や思考に敏感に反応する原因かもしれない。
- 顕著性ネットワークの拡大が、アンへドニアや反芻の原因になる可能性がある。
うつ病患者は健常者の2倍「顕著性(セイリエンス)ネットワーク」が大きい!?
これまでのうつ病の研究は、個人の違いを無視し、グループ全体の平均を見ていました。
また、脳の活動を一時的な「写真」のように捉える方法が多く使われていましたが、これではうつ病のいろいろな症状や個人ごとの違いをしっかり捉えるのは困難でした。
また、今までの研究ではうつ病の根本的な原因を十分に明らかにできず、もっと詳しく個別に見る方法が必要でした。
2024年9月に発表された新しい研究が、これまでの方法に対する新しい視点を示しました。
研究者のチャールズ・リンチとコナー・リストンは、うつ病患者の脳の中で顕著性ネットワークがどのように変わるかを調べました。
その結果、うつ病の症状を説明するための新しい考え方を提供しました。
この研究では、うつ病患者の4人中3人で、顕著性ネットワークが健康な人の2倍以上の大きさになっていることがわかりました。
このネットワークの拡大は、特に感情や考えをコントロールする部分で強く見られ、うつ病によるネガティブな影響を強める可能性があると考えられます。
顕著性ネットワークとは?
顕著性ネットワークとは、私たちの脳の中にある特別な部分で、重要な情報を見つけたり、注意を向けたりするのを助ける役割を持っています。
このネットワークは、脳のいくつかの部分、特に「島皮質(とうひしつ)」や「前帯状皮質(ぜんたいじょうひしつ)」と呼ばれる場所にあり、これらの部分が協力して、重要な情報を処理します。
「中央実行ネットワーク」と「デフォルトモードネットワーク」の切り替え
顕著性ネットワークは、外の世界に集中する「中央実行ネットワーク」と、自分の内面に集中する「デフォルトモードネットワーク」の間で注意を切り替える役割を持っています。
この切り替えがあるおかげで、私たちは状況に応じて必要なことに集中することができます。
中央実行ネットワーク
中央実行ネットワークは、タスクや外からの刺激に集中するためのネットワークです。
このネットワークが働くことで、私たちは課題や目の前の問題を解決するために必要な集中力を発揮することができます。
例えば、勉強や仕事に集中するときに、この中央実行ネットワークが活発に働いています。
デフォルトモードネットワーク
デフォルトモードネットワークは、自分の内面や過去の出来事、将来の計画などに意識を向けるときに働くネットワークです。
デフォルトモードネットワークは、ぼんやりしているときや休憩中に活発になり、自分自身について考えたり、過去の経験を振り返ったりする役割を持っています。
このネットワークは、自分を理解するために必要な内省的なプロセスにも関わっています。
うつ病の人はこの2つのネットワークの切り替えがうまくいかず、過度に自分の言動を反省したり、現在から注意が離れて、あれこれ考えてしまう(マインドワンダリング)が生じることがあります。
その結果、過去のことや自分に対する反省に囚われがちになり、ネガティブな思考に陥りやすくなってしまうのです。
顕著性ネットワークが大きいとどうなる?
顕著性ネットワークが大きくなることで、ネガティブな思考や感情に対する感受性が高くなり、内面的な考えに囚われやすくなるる可能性があります。
特に、うつ病の人は日常のちょっとした出来事に過剰に反応してしまい、その結果として自分を責めるような思考が増えることがあります。
このような内部への敏感さが、幸せを感じにくくし、社会的な活動から遠ざかる原因となります。
好きだった趣味が楽しめなくなる「アンへドニア」とは?
アンへドニアとは、普段は楽しいと感じる活動に対して興味や喜びを感じなくなることです。
うつ病の代表的な症状で、生活の中で楽しいことや満足感が大幅に減ってしまうことを意味します。
顕著性ネットワークが大きくなることで、内面に集中しすぎて楽しむことが難しくなり、アンへドニアが起きる可能性があります。
このため、以前楽しんでいた趣味や活動に興味が持てなくなり、活動の幅が狭くなり、社会的な孤立や、日々の満足感の低下にもつながります。
ぐるぐる思考「反芻」の罠
反芻(はんすう)とは、ネガティブな考えについて、ぐるぐると頭の中で考え続けることです。
例えば、過去の失敗や後悔について何度も考えてしまうことで、自分の評価が下がり、さらにネガティブな感情が生まれるという悪循環に陥ります。
顕著性ネットワークが過剰に働くことで、この反芻を強め、ネガティブな思考のループに囚われやすくなります。
これにより、うつ病が悪化し、長い間ネガティブな思考から抜け出せなくなってしまうのです。
アンへドニアと反芻への対処法
うつ病の症状に対処するためには、顕著性ネットワークが過剰に働くのを抑えることが大切です。
注意を外側に向ける
外の活動に積極的に参加したり、注意を自分の内側から外に向ける練習をすることで、反芻やアンへドニアを和らげることができます。
体を動かしたり、趣味に集中することも、内面のネガティブな考えから注意を外に移す助けになります。
マインドフルネス・認知行動療法
マインドフルネスや認知行動療法(CBT)といった方法も、ネガティブな思考に囚われないための有効な手段です。
マインドフルネスは、今この瞬間に集中し、過去や未来についての考えを手放すことを目指します。
このような方法を使うことで、顕著性ネットワークの過剰な活動を抑え、前向きな体験を増やすことができるのです。
【認知行動療法についてはこちら】
他者との交流
さらに、友人や家族からのサポートもとても重要です。
他の人との交流は、注意を外に向けるきっかけとなり、孤立感を減らす効果があります。
グループセラピーなどの場での交流も、うつ病の人にとって大きな支えとなるでしょう。
これによって、「自分は一人じゃないんだ」と感じられ、ネガティブな反芻から抜け出す助けとなります。
まとめ
今回の研究では、うつ病の人の顕著性ネットワークが大きくなり、これがネガティブな思考や感情に敏感に反応する原因になっている可能性があることがわかりました。
このネットワークの働きを理解し、過剰な活動をコントロールすることで、うつ病の症状に対処するための新しいアプローチが見えてきます。
外に注意を向けたり、適切な治療を受けることで、うつ病と向き合うための助けを得ることができます。
また、友人や家族からのサポートや、ポジティブな活動を増やすことも、回復の手助けになります。
うつ病は一人で抱え込むものではなく、周りのサポートや治療を通じて、少しずつ改善していくものなのです。
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【参考文献】
Forbes「Research Says This Brain Section Is Twice As Large In People With Depression」
1.うつ病患者は健常者の2倍「顕著性(セイリエンス)ネットワーク」が大きい!?
2.顕著性ネットワークとは?
3.顕著性ネットワークが大きいとどうなる?
4.アンへドニアと反芻への対処法
5.まとめ